画家が描いたのは、自らの影を描く裸婦だろうか、それとも同じ姿で絵を描く自分の後ろ姿の投影だろうか。原撫松、滞英中の作品。
背面から光を帯びた裸婦が、壁に映る影に筆を持つ手を添えている。神秘的な風情の美しい裸婦像である。原撫松は、黒田清輝ら外光派絵画が興隆した洋画壇に関せず、また自作を公に発表する事なく46歳の生涯を終えた。近年、その油画本来の画法と表現を追求した絵画の正統性が高い評価を得た。本作はその画法習得の端緒となった約3年のイギリス留学中の作品である。円弧状の筆触を残した二層の下塗りの上に、実際モデルにポーズをとらせて写生し、人体の明部を厚塗しつつ描いている。何かに属することなく美術館に通い詰め、真摯にレンブラントらの作品と対峙し模写することで、原はこれらの伝統的技法を獲得した。その模写技術は、当時の美術評論家マリオン・スピールマンの賞賛を受ける程であった。《裸婦》は帰国の前年に描き、模写から独自の画風に転換を試みた頃の作品である。帰国後の原は、留学の成果やむなく病に倒れ、孤高のうちに人生の幕を閉じる。(執筆者:左近充直美 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)