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銭弘俶八万四千塔

不明10th Century

京都国立博物館

京都国立博物館
京都市, 日本

銭弘俶(せんこうしゅく)は、現在の中国杭州を中心に浙江省と江蘇省にまたがった呉越国最後の王で、仏教を篤く保護したことで知られる。この銭弘俶が、古代インドのアショーカ王の故事にならって作らせた8万4000個の塔のひとつが本品である。これら八万四千塔は交流のあった日本にも多数請来されており、京都・金胎寺や福岡・誓願寺の伝世品、奈良・大峰山寺境内や和歌山・那智経塚からの出土品などが知られる。まれに鉄製があるものの、八万四千塔の大半は銅製である。本品もその例に漏れず規格化された鋳造製の銅板を4面に立て、屋蓋を接合して塔形と成し、その上に方立(ほうだて)と相輪(そうりん)を据える。塔の外面にはジャータカ(本生譚)や如来坐像、天部などが陽鋳(ようちゅう)され、内面には「呉越國王/銭弘俶敬造/八萬四千寶/塔乙卯歳(顕徳2年<955>)記」の銘を刻み、符号と思われる「小」字を陽鋳、「安」字を陰鋳(いんちゅう)し、内部に経典を懸架するためと思しきフックをそなえる。本品は、清時代の収納箱と道光22年(1842)の年記がある木製台座を伴っており、近世末から近代にかけての時期に日本へ持ち込まれたものと思われる。日本各地に伝来する作例と比べ状態が著しく良好であるが、内側四隅の接合部がやや新しく、通常1ヶ所だけの内部のフックが2ヶ所にある点から考えて、中国において損傷した八万四千塔を一旦分解し、健全な部材のみを用いて再構築した可能性が考えられる。

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  • タイトル: 銭弘俶八万四千塔
  • 作成者: 不明
  • 日付: 10th Century
  • タイプ: 、鋳造
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