『和漢朗詠集』は11世紀初頭に藤原公任(きんとう)(966~1041)が撰集したもので、漢詩と和歌、計804首を収録する。福岡孝弟(たかちか)(1835~1919)や原富太郎(号は三渓、1868~1939)など、名だたる蒐集家たちの手を経たこの2巻は、もともと遠江(とおとうみ)掛川藩主・太田家の旧蔵品である。
内容をみると、各巻の首題に「和漢朗詠抄」とあるが抄出本ではなく完本で、上巻には四季、下巻に雑の部をおく。下巻の奥書(おくがき)には「永暦元年四月二日、右筆黷之、司農少卿伊行」とあり、藤原定信(1088~?)の子にして当代屈指の能書・伊行(これゆき)(生没年不詳)が永暦(えいりゃく)元年4月に書写したことが知られる。このほかに伊行の確実な遺墨は伝わっておらず、唯一の筆跡としてすこぶる貴重である。
こうした希少性とともに特筆されるべきは、伊行の筆さばきを見事なまでに演出する料紙の装飾である。群青(ぐんじょう)や緑青(ろくしょう)を用いて柳・流水・水鳥などの景物にくわえ、芦手とよばれる意匠化された文字を描きこむ。この芦手には、文中の歌をキーワードとした謎がかけられているともいわれ、平安貴族の優雅な遊び心をいまに伝える。