藤間蘭景(1930–2015)は、日本の舞踊家・振付師です。古典の保全と継承に尽力したことでも知られます。
師であり母でもある藤間藤子(1907–1998)は、戦後を代表する舞踊家・振付師で、女性として初めて「歌舞伎舞踊」の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された第一人者でした。さらに、その師系に連なる藤間勘八(表記:嘉舞八・歌舞八)と藤子、蘭景は、ともに藤間流の要職を担い、歌舞伎役者への舞踊の手ほどき・振付に深く関わりました。「代地」一門の名称でも知られます。
歌舞伎の振付・演出、息遣いといった「型」は、江戸時代以来、役者間や振付師間の身体的な直伝・口伝を基本に、〈振り渡し〉の実践を通じて継承されてきました。明治の改革期には「演劇改良」の潮流が起こり、江戸歌舞伎を是正する動きもみられますが、藤間勘右衛門(二代目)は古典尊重の立場から型の維持・洗練に尽くし、九代目・市川團十郎の『春興鏡獅子』や『鷺娘』の振付のほか、羽左衛門、梅幸、六代目菊五郎などの振付の役割を果たしました。岡倉天心らにより運営された「日本演芸協会」では技芸委員を務め、舞台を越えて、古典の保存と普及に寄与しています。二代目勘右衛門以降は、二代目尾上松緑(兼・四代目勘右衛門)がその著書で語るように、二代目勘右衛門の高弟であった藤間勘八がその役割を担い、歌舞伎役者に対して踊りの手ほどきを行うようになります。こうした系譜のもと、勘八・藤子・蘭景のもとに伝わる振付は実演における基準として継承されました。20世紀の代表する名女形・六代目・中村歌右衛門による『積恋雪関扉』『忍夜恋曲者ー将門』は、その振付系統に則って構成されたことが知られています。
(参考文献)
川尻清潭「演芸名家の面影」(宇宙堂, 1907), p.223
坪内逍遥「逍遥選集 12巻 別冊3巻」 第12巻(春陽堂, 1927), p.632-633
伊原敏郎「明治演劇史」(早稲田大学出版, 1933), p. 399
生誕百年祭記念「坪内逍遥名作舞踊大会」パンフレット(早稲田大学演劇博物館, 1959)
石井国之「舞踊藤間の歴史」(石井国之遺稿編纂委員会, 1984)
二代目尾上松緑「踊りの心」 (毎日新聞社, 1971), p.19
二代目尾上松緑「役者の子は役者」(日本経済新聞社, 1976), p.23-24
AMERICAN TOUR: 1982 GRAND KABUKI (Metropolitan Opera Association, 1982), p.25
「人間国宝 芸能 舞踊」(朝日新聞社, 2006)