秋雨の中で岩の上にたたずむ鶺鴒。明治時代に留学のために渡米して間もない時期に足りない材料をかき集めて制作した作品。
楢材の杢目を生かし丸額に、錆上げによる岩の上で雨の中にたたずむ鶺鴒とあたりに散る紅葉を錆上げと金銀蒔絵で表現している。背面に「明治三十七年二月渡米同四月聊感處あり紐育之下宿樓上に於て足らぬ材料を掻集めて製作せし記念品なり 紫水誌」という朱書きがある。
東京美術学校第1回の入学生中唯一人蒔絵科に進んだ紫水(旧姓藤岡 本名注多良)は、卒業した明治26年(1893)に助教授になるが31年に岡倉天心が美術学校を辞したのと合わせて退官した。37年に天心らとともに渡米し、41年までボストン美術館やメトロポリタン博物館の作品の修復・整理を行なった。大正5年(1916)に再び東京美術学校嘱託として戻り、13年に教授となる。色漆の研究開発、楽浪漆器の研究、アルマイトの漆への応用、帝展、文展での出品・審査等で活躍し明治漆芸界の先覚者となったが、そのような紫水の渡米したばかりの心境とこの作品のひっそりとした秋の情景を考えると感慨深いものがある。(執筆者:横溝廣子 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)