右上からの光を帯び荒縄に吊るされた鮭の確かな存在感。身近な題材を鋭い観察力とリアルな質感表現で描いた屈指の名作である。
身近な題材を迫真の写実美で描いた油画の傑作として広く知られる。明治30年(1897)に本校収蔵品となり、昭和42年(1967)に重要文化財に指定された。作品は茶褐色に着色された洋紙に描かれ、修復を経て現在は表具仕立てになっている。本作の大きな魅力のひとつに質感表現の美しさがある。しかし、全てを精緻な描写で描き尽くすのではなく、鮭の頭から尾に到るまでを適確な手順と描法でリズミカルに描き切っている。例えば、縄・頭・胴はやや厚塗りで、絵具の粘りや筆触を生かして素材感を表現している。逆に背景・切身・尾は、紙の地色や下塗りの色の発色効果を利用してさらりと描き、全体を均衡のとれた美しい色調へと導いている。形を適確に把握し、適所に西洋の伝統的な明暗法を生かして描いたこの写実美の成功は、師フォンタネージの影響とまだ当時困難だったはずの洋画学追求にむけた、由一の一途な信念の結実である。(執筆者:左近充直美 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)