弘法大師空海(774~835)が著した『能断金剛般若波羅蜜経(のうだんこんごうはんにゃはらみつきょう)』(唐・義浄(ぎじょう)訳)という経典の開題で、空海自身の筆になるものである。開題とは、仏教経典の経題(経典名)を解釈し、その大要を述べることをいうが、空海は密教的な立場から「顕略(言葉による浅くて略した解釈)」と「深秘(深く秘められた解釈)」という二つの観点より経題を解釈している。
本巻は、奈良国立博物館本などの残巻や手鑑などに貼り込まれた断簡などの中では最も長く、「是の如く四行の中に無量の徳を具す」から「五色の修多羅を亦、経と名づくるが故に」までの63行を存している。全体は、草書体に行書体を交えて書かれており、処々に抹消や修正の跡が見られることから、草稿本と考えられる。草稿本だけに、かえって三筆の一人、空海のありのままの筆跡を伝えるものとして興味深い一巻である。
平成23、24年度にわたる修理に際しては、これまでの裏打ち紙を除去し、裏打ちを施すことなく、当初の料紙の状態に復した。