ミュンヘンに留学した原田の滞欧作。靴職人を描いた本作は、彼の代表作であるばかりでなく、明治洋画を代表する肖像画でもある。
原田は、はじめ高橋由一の天絵学舎で洋画を学び、明治17年(1884)に渡独、ガブリエル・マックス(Gabriel von Max, 1840-1915)に師事し、ミュンヘンのアカデミーにも学んでいる。明治20年に帰国。1886年の年記のある本作は留学2年目に取り組んだものである。黄灰色の地を背景にして、人物の上半身はいわゆる四分の三正面観で捉えられているが、顔は正面向きに振り返り、視線は身体とは相反する方向へ向けられている。頭部から額、鼻にかけて当たる強い光と、眼窩や顔の左半分の陰影との対比も鮮烈で、こうした身体の動勢や明暗の対照がリアリティのある描写に劇的な効果をもたらしている。なお同一人物を描いたと推定される木炭習作が知られている(『明治中期の洋画』図録、1988、54頁挿図を参照)。本作は、明治29年12月3日長尾建吉より購入された。(執筆者:川口雅子 出典:『芸大美術館所蔵名品展』、東京藝術大学大学美術館、1999年)