骸骨たちが自転車に跨がって駆けて行く。骸骨たちの自転車レースがはじまった。先頭 はシルクハットの骸骨、二番手に羽根帽子の骸骨と頭巾の骸骨が続き、鉄兜の骸骨は転倒 して脱落、それに遅れて白髭の骸骨,最後尾から花火冠の骸骨が追い上げにかかる。
メキシコの民衆版画家ポサダもまた、19世紀末に発明された最新流行の自転車レースを材料にして、風刺版画《骸骨の自転車乗り》を描いている。ここに紹介した作品は後刷り であるために欠落しているが、初版ではそれぞれの骸骨に当時のメキシコで発刊されてい た新聞名の名前が記されていた。革命前夜の激動する時代において、誰が新しいメキシコ への展望を指し示しているのか。ディアス独裁政権が崩壊するなかで、それぞれの社会階層を支持基盤として論陣を張る新聞の激しい主導権争いの結末は、メキシコ民衆にとって 切実な関心事であったに違いない。民衆の代弁者であるポサダは、この時代の行方を決め る新聞レースの模様を、怪奇でありながら滑稽でもある骸骨たちの姿を借りてわかりやすく伝えている。
(出典: 『名古屋市美術館コレクション選、1998年、P. 47.)