猪の牙に一匹の蜘蛛を立体彫刻で表現した根付。両目は象嵌である。裏面には紐を通す穴が二ヶ所あき、その上に和歌、その下に作者名が刻まれている。刻まれている文字は、以下の通り。
ほのゝと明石のうらの朝霧に嶋かくれゆく船をしそおもふ
和歌の浦にしほみちくれはかた(を)なみあしへをさしてたつなきわたる
夜やさむき衣やうすきかたそきのゆきあひのまより霜やおくらん
可志乃舎 富永彫之(花押)
最初の三行は、三十六歌仙歌のうちの柿本人麿、山部赤人、住吉大名神の三歌である。最後の二行は、作者銘である。
石見根付の創始者富春は一番弟子の富明に富の文字を与えており、また他にも富の文字の付く根付師は多い。富永の出自は不明であるが、富春の弟子筋のものであろうか。
作品は他にあまり知られておらず、旧ハル・グランディ・コレクションに1点猪の牙に百足を彫ったものが存在する。