梨地(なしじ)、平蒔絵(ひらまきえ)、螺鈿(らでん)、錫板の象嵌(ぞうがん)を駆使して、硯箱には水辺に憩う雌雄の鹿を、料紙箱には土坡(どは)に伸びる槙の木と鹿を配している。いずれのモチーフも著しく意匠化され、異なる材質の効果的な組み合わせにより、くっきりとした表情を見せている。また、図は蓋表から身の側面を経て底面にまで続き、箱の表面全体で一画面を構成する。硯箱の蓋裏と見込みの意匠は槙の木のみであるが、料紙箱の蓋裏では、土坡に槙の木が伸び、その枝を透かして銀板による巨大な満月が見え、画面全体に錫板製の文字で『古今和歌集』所載の「秋の月山べさやかに照らせるはおつるもみぢのかずを見よとか」が散らし書きにされている。
作者、永田友治(ながたゆうじ)は正徳、享保の頃(18世紀前半)に活躍したことと、尾形光琳(おがたこうりん)の作風を慕って「青々子」と号したことが知られるのみで詳しいことはわかっていない。硯箱、料紙箱ともに、底部に「青々子」銘と「方祝」印がある。同じ銘や印をもつ作品はほかにも知られるが、本作品のような大作はほとんどなく、この一具が友治の代表作と考えられている。