上絵付の技法を用いて皿部上面には松竹梅、脚部には七宝輪違い・宝巻(ほうかん)・宝鑰(ほうやく)・宝珠(ほうじゅ)・方勝(ほうしょう)・丁子(ちょうじ)などの雑宝(ざっぽう)と、器を埋め尽くすかのように吉祥(きっしょう)文様が描き込まれている。青・緑・金という3色の色絵の具だけを用いて、赤絵の具を使わない作風は、17世紀末から18世紀前半に流行した京焼の特徴で、同様の上絵付が施された壺に享保17年(1732)の箱書を伴う事例が知られている。
非常に薄作りの皿部分を、歪まないように焼き上げた技術は実に見事であるが、その工夫の形跡を皿部分の下側の設けられた高台状の凸帯に見いだすことができる。露胎(ろたい)といって、この部分に釉薬が塗られていないのは、窯に詰めるに際して下に支えを当てており、それが器に熔着(ゆうちゃく)することを嫌ったからであろう。作り手の努力の痕跡は、使い手からは見えにくい場所に隠されている。