黒田家伝来の『黒田家御重宝故実(くろだけごじゅうほうこじつ)』および『名物三作』によると、この太刀(たち)はもとは日光の二荒山(ふたらさん)に納めてあったのを、戦国武将の北条早雲(ほうじょうそううん)(1432~1519)が手に入れ、代々北条家の家宝として伝えていたものである。天正(てんしょう)18年(1590)の小田原攻めのときに黒田如水(くろだじょすい)が豊臣秀吉(とよとみひでよし)と北条氏直(うじなお)との和睦(わぼく)の労を取り、そのお礼として白い陣貝(じんがい)と史書『東鑑(あずまかがみ)』とともにこの太刀を譲り受け、以後黒田家の家宝となった。この太刀は刀身の幅が広く、はばきもと近くで強く反った豪壮で美しい姿をしており、またよく肌がつまるなどよく鍛えられており、華やかな刃文などから、鎌倉時代中期の備前(びぜん)(岡山)の福岡一文字派の名工の作といわれている。この由来から「日光一文字」と呼ばれ、古来名刀として知られている。昭和27年(1952)3月に国宝指定。
【ID Number1978P00022】参考文献:『福岡市博物館名品図録』