ビロードのように深く柔らかな「黒」から、ほのかに浮かび上がってくる「白」。日本近代版画の巨匠、長谷川潔の円熟期の代表作である。メゾチントは20世紀初頭、彼がパリに渡った当時、すでに廃れようとしていた技法であった。渡仏してこの技法と出会った彼は、苦心の末に自己流の手法を生み出し、近代的な技法としてこれを復活させる。エッチングによる銅版画が、白い画面に黒い線や面を描き出していくのに対して、メゾチントはビロードのような黒い背景からさまざまな階調の白を生み出していく、まさに「黒の技法」である。彼は銅版画の中でも特に習熟した技量を要求されるこの技法を用いながらも、その作品を不思議な静寂感がただよう世界にまで高めた。