シュルレアリスムの法皇アンドレ・ブルトンのメキシコ訪問などを契機として、メキシコ美術界にはシュルレアリスム風の幻想画家たちが数多く登場したが、なかでもフリーダ・カーロ、レメディオス・バロ、レオノーラ・キャリントンといった女性画家の活躍 が目覚ましかった。マリア・イスキエルドもまたメキシコの伝統的な民衆美術や宗教美術を受け継いだ素朴で稚拙な画風による不思議な雰囲気の作品によって世界的に評価されている。インディオ の生活風景やサーカスの光景、あるいは民芸品や装飾品にあふれた戸棚や祭壇など、メキシコ民衆の何気ない日常生活やありふれた日用品などを主題にして彼らの世界を見事に描 き出している。
この作品は何ということのないメキシコ の田舎の粗末な馬小屋を描いたものであるが イスキエルドが好んで描いた窓から首を出してこちらをうかがっている2頭の馬や無造作 に地面に転がされた丸太などを見ていると、誰にも見向きもされない日常生活の静かな光景のなかで繰り広げられる奇妙な無言劇に立ち会っているような気がしてくる。現実の狭間から顔をのぞかせた超現実の世界がここにある。
(出典: 『名古屋市美術館コレクション選』、1998年、p. 61.)