ホー・ズーニエンは、ビデオや絵画、パフォーマンスなどを通して、歴史や文化の持つ矛盾や不確かさをテーマに制作を行なってきた。この作品は、シンガポール(「ライオンのいる町」の意)の名付け親と言われるマレー地域の王、サン・ニラ・ウタマの物語を、絵画20点と映像1点で表現したもの。映像は全5章からなっており、ウタマがシンガポールを発見した際にライオンと出会った話や、象徴としての王冠を捨てたことで人望と権力を得たといった伝説が語られる。作品の題名は、ドイツの哲学者であるフリードリヒ・ニーチェ(1844-1900年)が晩年、自己同一性を疑い、複数の人物の名で手紙を書いたことに由来する。作品のなかでウタマは多くの別名を持ち、歴史上の人物たちに例えられるが、彼の真実に迫ろうとすると、結局はその影や幻しか見ることができないというジレンマに帰結する。