現在の東京・駿河台方面から西に水道橋駅付近を望む図である。画面中央を流れるのは神田川で、その左岸、遠方に大きな広場が見えるあたりに水戸藩の屋敷(現在の東京ドームの周辺)がある。本図では神田川に架かる箱状の橋が見えるが、かつて神田上水が通っていた「懸樋」である。この一帯が水道橋という地名で呼ばれるようになった所以である。右岸側の険しい崖は、今日でも同様の地形が残っているが、そこに鬱蒼と生い茂る木立ちが量感豊かに描かれている。人物ばかりでなく樹木の群像表現にも亜欧堂田善は非凡な力を示している。
亜欧堂田善(またはその門人)による多くの銅版画の中で、もっとも人気を博したシリーズが、これらの小形江戸名所図である。北斎・国芳などの浮世絵風景版画の構図や、上方の小型銅版画の流行に影響を与えた点でも重要な作品群で、写実性と抽象化が同居する、緩急のメリハリの利いた表現が特徴である。現在25種類の図柄が確認されていて、そのうち神戸市立博物館は19種を所蔵している。