昭和32年6月、川合玉堂が83歳の生涯を閉じた時、画家鏑木清方は「日本の山河がなく なったような気がし、日本の風景がなくなったような気がする」と語り、その死を深く悼 んだ。この言葉の通り、玉堂の芸術の神髄は、美しい日本の自然とそこに生きる人々の姿 を描き出すことにあった。画家で風景を得意とするものは少なくないが、玉堂ほど親しみ やすい風景を描く者はあまりいない。
晩秋の妙義山を舞台にしたこの作品でも、画面手前に高原を行く人馬を小さく配し、空間の大きな広がりを示すとともに、深まりゆく秋の気配の中で、かすかな寂しさをたたえ た山の静けさを、余すところなく描き出している。その表現はあくまでも控えめで淡々と しており、決して声高になることはないが、私たちの心を暖かい思いでゆっくりと満たし てくれる。
豊かな自然が失われつつある今日、玉堂の描く世界は、いわば日本人の心の故郷として 見る者に静かに語りかけてくれる。
(出典: 『名古屋市美術館コレクション選』1998年、P. 79.)