本名は杉田秀夫。日本美術学校で絵画を学ぶ。16歳から美術評論を始める。1936年フォトグラムの作品集《眠りの理由》を刊行し、この時から“瑛九”のペンネームを使用。51年に〈デモクラート美術家協会〉を結成。戦後の日本の美術において、先駆的役割を果たした。
この作品は、フォトグラムという技法による作品です。写真の一種ですが、カメラを使わない点が一般の写真と大きく異なります。制作方法は、印画紙の上に物を置いて直接光をあて、その型を写し取ってつくります。海外ではラスロ・モホリ=ナジやマン・レイといった美術家が、1920年代からフォトグラムの作品を制作していました。瑛九は30年から写真に関心を示し、この年「フォトグラムの自由な制作のために」という論文を発表しています。この作品は印画紙の上に人物の型紙や針金のようなものを置いたり、ペンライトの光でデッサンした印画紙に、何回か感光させて制作したものです。二人の人物は踊っているのでしょうか。あるいは夢の中での出来事のようにも見えます。瑛九は自分のフォトグラムの作品を、光で描くデッサンという観点から、“フォトデッサン”と名付けました。