15 周年をお祝いしましょう!
読み込んでいます

女翁・千歳・三番叟

歌川豊国Edo period, 1801-1804

RANSHOU Archives & Collection

RANSHOU Archives & Collection
日本

歌川豊国(1769–1825, 江戸生まれ)は歌川派の祖・歌川豊春に入門、役者絵を得意とし、歌川派隆盛の基盤をつくったことで知られます。弟子には歌川国貞や国芳などがおり、後代にまで大きな影響を与えました。
1794年から売り出された「役者舞台之姿絵」シリーズは、役者を透明感ある筆致で描き出し、当時役者絵で活躍していた東洲斎写楽や勝川春英をおさえて大人気シリーズとなります。美人を描く名手でもあり、喜多川歌麿とも異なる健康的で人間味ある画風で女性を描きました。晩年はそれまでの画風から離れ、顔は鋭角的に、猫背で猪首の人物表現が顕著となりました。弟子の国貞に影響されたこともあったとされますが、この様式は大量の浮世絵の量産化に向き、一般市民の需要に合致して以後の歌川派による隆盛にかなったものであったことと推測されます。

本作は、女性が翁・千歳・三番三(三番叟)を踊る姿を描いたものです。これらは猿楽に由来する祝祭的・儀式的演目で、18世紀までには歌舞伎にも取り入れられ、興行の年初を飾る演目や正月に踊られたことが知られています。当時、女性が歌舞伎の舞台に立つことは禁じられていたため、本図は一般には見立て図として位置づけられます。

ただし、江戸中期以降には、「御狂言師」と呼ばれる女性芸能者が、将軍家・大名家の奥向きに伺候し、歌舞伎や舞踊を披露していたことが記録されています。1790年には、歌舞伎役者・初代中村仲蔵(1736–1790)の妻が御狂言師として、大奥に舞台を設けました。そうした御狂言師の中には、振付師・藤間勘兵衛家の藤間満多(?-1867)、坂東三津五郎の弟子・坂東三津江(1809–1907)といった歌舞伎を家業とする家の女性や役者の門弟として高度な技能を身につけた者も含まれていたことが伝えられています。こうした実践の存在、現存する当時の御狂言師番付や衣装、さらに流行演目を踊る女性を描いた浮世絵の複数の作例を踏まえると、本図は虚構的な見立て図ではなく、当時の実際の芸能文化の一端を反映している可能性も示唆されます。


(参考)
秘蔵浮世絵大観 11巻, ジェノヴァ東洋美術館 2 (1989), 図53
石井國之「舞踊藤間の歴史」, 1984
土田牧子「女役者、中村歌扇ー浅草娘芝居時代を中心にー」, 2022
「特別展 江戸 大奥」(東京都国立博物館), 2025

一部のみ表示もっと見る
  • タイトル: 女翁・千歳・三番叟
  • 作成者: 初代歌川豊国
  • 作成日: Edo period, 1801-1804
  • 作成場所: Japan
  • 実際のサイズ: 38.7 x 76.7 cm (triptych)
  • 媒体/技法: 大判錦絵3枚続
RANSHOU Archives & Collection

アプリをインストール

美術館を探索し、Art Transfer、Pocket Gallery、Art Selfie などで芸術作品をお楽しみいただけます

Visual arts に興味をお持ちですか?

パーソナライズされた Culture Weekly で最新情報を入手しましょう

これで準備完了です。

最初の Culture Weekly が今週届きます。

ホーム
発見
プレイ
現在地周辺
お気に入り