褐色の前景、緑の中景、そして青いパノラマ的遠景という微妙に変化する淡い色彩の段階的な移行を用いた完璧な空気遠近法と古典的な構図の中に、物語性をほのめかす人物を配したロランのごく初期の風景画。
拡散する光が空間を満たし、深い静寂感の中に見る者を瞑想の世界へと誘う。ローマ近郊の田園地帯(カンパーニャ)の実在する風景をもとに描いたと考えられる本作は、厳密な自然描写による風景と思われるため、詩的で理想的な風景画を人為的に構成したロランらしい表現ではないという見方もできよう。しかし、彼の名高い素描と同様、油彩画においても正確な自然描写はこのように厳然と存在している。ここと同じ場所を描いたものに、ロランとの相互関係が注目されるオランダの画家ブレーンベルフの大型の素描(ルーヴル美術館)があり、この場所が人気のある写生場所であったことは間違いない。また繊細に描かれた群葉、川岸に生い茂っている低木や潅木、さらに人物描写等には彼独自の特徴が見られる。
この画面に表現された人物から推定すると、描かれた物語は古代ギリシア神話に登場する一挿話<アモルとプシュケ>であろう。愛(アモル)が魂(プシュケ)を求める寓話で、物語はこうである。
「美貌の王女プシュケにアモルが恋をし、何も知らない彼女は谷間の宮殿に導かれ、人間の姿をしたアモルと夫婦になる。二人はいつも暗闇の中で会ったので、彼の正体は秘められていたが、ある時つい眠るアモルの姿を見てしまう。アモルは怒り、宮殿は消えて、プシュケは世界を彷徨う・・・。」
前景中央の座っている女性がプシュケで、恋人アモルに見放されて深いもの思いに沈んでいるところを農夫に慰められている場面。周囲を取り囲まれたような印象のあるこの川面の場所は、物語に出てくる幻の宮殿があった谷間を連想させる。