このロココらしさにあふれた華麗な大作は、ブーシェの重要な作品のひとつに数えられる。本作において彼は、神話画に属する主題のなかで自らの最も得意とするヴィーナスの図像を扱い、美の女神が水中で誕生して陸に到着する姿を伸びやかに、屈託なく描いている。ほぼ2メートル四方の大画面なので、元来しかるべき重要な注文に由来する作品であることは間違いなく、これと対をなす図柄の作品も存在したかもしれないが、注文主や対作品については詳らかではない。
この作品は、もと英国の大収集家であるリチャード・ウォーレス卿の所有で、パリ郊外ブーローニュに彼が持っていたバガテル宮を飾っていたことがあった。のち今世紀初頭には、その洗練された高雅な趣味で知られるウィーンの収集家ロスチャイルド男爵のもとにあり、さらにニューヨークのメトロポリタン美術館の収蔵となったが、その後、同美術館が本作を手離すこととなり、現在東京富士美術館の作品となっている。
さてこの絵の画面中央では、水から上がったヴィーナスが青や黄の布を敷いた岩の上に腰をおろし、その周りをキューピッドたちが飛び交い、三美神が傍らに侍する。上空から風の神ゼフュロスが女神の頭上に勝利の冠を乗せようとしている。その横で降下しつつあるキューピッドの一人が手にしているのは、永遠の美を象徴するリンゴである。左方では、海神ネプチューンの息子であるトリトンやニンフが水中で歓び戯れている。女神のすぐ前で横たわりながらこちらを向いているニンフは、美しく官能的な裸身によって、いかにもブーシェらしい特徴を示し、この画面の中で最も強く鑑賞者の眼をひく部分となっている。
主題の上では、1740年のサロンに出品した《ヴィーナスの誕生》(ストックホルム国立美術館蔵)に近く、構図の上では、最晩年の4点のシリーズ(アメリカ、キンベル美術館蔵)に類似している。
数多いサロン出品作ほどの完成度がここに見られないのは、おそらく大きな室内の壁の上方や天井など、ある程度の距離をおいて見られる場所に置かれるべきものであったのかも知れない。遠い眼で見た時にほど良い印象にするために、画家が巧みに仕上げを計算したのであろう。
いずれにせよ本作に見るような裸婦群像は、この画家の最も得意とするテーマで、ロココ趣味あふれるブーシェ様式の典型を示すもので、彼の天賦の装飾的手腕を証明する神話画の佳作であることは間違いない。
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