ケドルストンの初代カーゾン侯爵ジョージ・ナサニエル・カーゾン、は、イギリスの政治家、貴族。姓はカーズンとも表記。
スカーズデール男爵家の跡取りとして生まれ、1886年に保守党の庶民院議員として政界入りした。1899年から1905年までインド総督を務め、強権的な内政とロシアの南下政策への対抗によって大英帝国のインド支配の強化に努めた。第一次世界大戦中には挙国一致内閣で閣僚職を歴任。とりわけロイド・ジョージ内閣では五人から成る戦時内閣の一人に選ばれた。戦後の1919年から1924年にかけては外務大臣を務め、カーゾン線の制定やローザンヌ会議の主催、独仏の緊張緩和など戦後処理に活躍。1923年には首相有力候補として取り沙汰されたが、国王ジョージ5世がボールドウィンに組閣の大命を与えたため、なり損ねている。
1899年にカーゾン男爵に叙され、ついで1911年にカーゾン伯爵・スカーズデール子爵・レイブンズデール男爵に叙される。1916年にスカーズデール男爵を継承し、1921年にカーゾン侯爵に叙された。