モハンマド・モサッデク

1882/06/16~1967/03/05

モハンマド・モサッデクは、イラン帝国の民族主義者、政治家。スイスで国際法の博士号を取得したので、モサッデク博士として知られる。同国の首相を2期務め、1951年に石油国有化政策を行った。
それまでイラン国内の石油産業を独占的に支配し膨大な利益をあげてきた英国資本のAIOCのイラン国内の資産国有化を断行した。イラン国民は熱狂的にモサッデクを支持した。しかし、1953年、アメリカのCIAや英国の情報機関、イラン軍の一部、カーシャーニーなどがシャーを担いクーデターを決行、モサッデクは失脚させられてしまった。
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“There is no political or moral yardstick by which the court can measure its judgment in the case of nationalization of the oil industry in Iran [...] under no condition we will accept the jurisdiction of the court on the subject. We cannot put ourselves in the dangerous situation which might arise out of the court's decision.”

モハンマド・モサッデク
1882/06/16~1967/03/05
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