治承・寿永の乱は、平安時代末期の治承4年から元暦2年にかけての6年間にわたる大規模な内乱である。後白河法皇の皇子以仁王の挙兵を契機に各地で平清盛を中心とする平氏政権に対する反乱が起こり、最終的には、反乱勢力同士の対立がありつつも平氏政権の崩壊により源頼朝を中心とした主に坂東平氏から構成される関東政権の樹立という結果に至る。
一般的には「源平合戦」、「源平争乱」、あるいは「源平の戦い」などの呼称が用いられることがあるが、こうした呼称を用いることは適当でないとする議論がある。また、奥州合戦終結までを治承寿永の乱に含めるという見解もある。