理想を実現したぶどう

一粒一粒がまるで宝石のように輝く「シャインマスカット」。種無しで皮ごと食べることができるこのライトグリーンの白ぶどうは、ジューシーで甘い大きな果肉と独特の爽やかな香りが特徴的で、〝マスカットの女王〟と称されるほど。おいしく美しい高級果実としてその地位を不動のものにしてきたこの高貴な白ぶどうは、どのようにして作られているのでしょうか。

長野県 須坂市の風景(2020)農林水産省

ぶどう農家も感動した、新しい美味しさ

長野県の北部に位置する須坂市で、大正時代(1912年– 1926年)から農業を営み、約50年に渡ってぶどう作りを続ける岡木農園の園主 岡木由行さん。現在、農園の事務全般を行う妻の令子さんと、農園のブランディングと販売全般を担当する息子の宏之さんと共に、品質にこだわったぶどう作りを行なっています。

農林水産省が安芸津21号と白南を掛け合わせた「シャインマスカット」の試作を推奨しはじめた2005年頃からいち早く栽培をスタートさせ、2006年に品種登録が完了してから本格的に栽培を行っています。岡木由行さんは、初めてこの新種のマスカットに出会った時の印象をこう語ります。

岡木農園の園主 岡木由行さん(2020)農林水産省

「最初にシャインマスカットを口にしたのは、2003年くらいだったでしょうか。まだ本格的な栽培が始まる前に、長野県の果樹試験場で食べさせてもらいました。初めて目の前にしたシャインマスカットは、現在市場に出回っているものに比べるとサイズが非常に小さかったのですが、黄色く完熟していて、口に含んだ時に、こんなに甘くて香りも良い素晴らしいぶどうがあるんだな、今までのぶどうとは全く違うものが出てきたな、と感動したのをよく覚えています」

岡木農園 美しいシャインマスカット(2020)農林水産省

「シャインマスカットは、程よい硬さと噛むとパリッとするような歯切れ感も魅力のひとつ。今までのぶどうにない素晴らしい面を持っているので、それを十分に引き出す栽培をしたいと思っています」

長野県 山の風景(2020)農林水産省

長野の土壌と気温差が後押しする、極上の甘み

シャインマスカットは、長野県が栽培面積、生産量ともに全国1位。中でも岡木農園のある須坂市には、多くの生産農家が存在します。 それは、須坂市という土地が扇状地で水はけが良く、ぶどうの栽培に適していることと、南志賀高原の山からの伏流水など良質な水が確保できるという点が大きく影響しています。

岡木農園(2020)農林水産省

そしてもう一つ、この土地がシャインマスカットの栽培に向いている大きな理由としては、日中と夜間の気温差。標高が高いため、日中に比べて夜間の気温がぐっと下がり、果実の呼吸や蒸散が不活性となることで、蓄えた糖分の消費を最小限に抑えることができます。また、冬には気温が低い割に積雪が少ないため、冬場のハウス栽培が実現しています。

岡木農園のハウス(2020)農林水産省

現在、岡木農園では、65アールのハウス栽培の7割、140アールの露地栽培の9割をシャインマスカットに当てており、5月頃から始まるハウス栽培の果実の収穫を皮切りに、8月9月には露地栽培の果実の収穫がピークを迎えます。そして、高機能な貯蔵庫での保管が可能になったことによって、1月半ばまで出荷することができるようになったそう。そのため、現在はクリスマスや年末年始などの特別な日の食卓に並んだり、お世話になった方への贈り物として使われたりと、ぶどうの旬である秋だけに限らず、年間を通して楽しめる高級果実として人気を博しています。

シャインマスカットの滴粒(2020)農林水産省

匠の技と長年の勘が生み出す、美しいフォルム

粒が大きく、味も美味しいシャインマスカットを育てるためには、「摘粒(てきりゅう)」と呼ばれる作業が欠かせません。この作業は、100粒くらいのぶどうの実を約1/3になるまで間引き、空間を作ることで実を大きくすると同時に実を美しく配置させるためのもの。

果実が育った状態を想像しながら1粒ずつハサミで取り除いていくこの手作業は、ぶどう作りをするプロセスの約40%と、大きな割合を締めます。どの実を間引くかという判断は、作り手の長年の経験に頼るしかありません。果実の実のつき方はひとつ一つ異なるため、機械化するのはなかなか難しい作業です。

岡木農園のぶどう農園(2020)農林水産省

岡木農園では、ひと房ひと房に多くの養分を届け高品質の果実を作るために、1本の樹から収穫する果実の量を人工的に減らしています。どの房を残すかもまた、作り手の経験と勘。収穫量は多い方がお金に繋がるわけですが、育てる果実を厳選し、ひとつひとつ丹念に世話をする方法を選んでいるのは、可能な限り美味しい高品質ものを作り続けようとする岡木農園の信念にちがいありません。

岡木農園のぶどう農園(2020)農林水産省

食べた時の美味しさだけでなく、見た目の美しさも妥協なく追求しているのは、いつの時代も美を重んじ、もてなしの文化を育んできた日本人らしい姿勢なのかもしれません。そして、その精神と技術力が、シャインマスカットを高貴な果実に押し上げ、多くの人を魅了しているのでしょう。

農園のブランディング・販売全般を担当する岡木宏之さん(2020)農林水産省

「これから」のために取り組む、低炭素型農業

先程触れたように、より高品質な果実を育てるためには、熟練の作り手の技術や勘が重要となりますが、岡木農園では新技術の導入や地球環境を考慮した栽培方法の研究開発にも意欲的に取り組んでいます。

岡木農園のハウス(2020)農林水産省

その一つは、ぶどう栽培には重要となる日光をより効率的に与えるための工夫。地面に反射シートを敷き、空から降り注ぐ陽の光を反射させることによって再び葉に光を届けることで、光合成を効率的に促すという仕組みです。また、天候によって光が足りない時には、LEDを使った電照栽培によって光を補充し、安定して美味しい果実がなるように工夫をしています。

岡木農園 雨除け兼用パネルによる太陽光システム(2020)農林水産省

もう一つは、ハウス栽培での温度調整に欠かせないエネルギーを重油から再生可能エネルギーへ切り替える取り組み。「雨よけ兼用パネルによる太陽光システム」をぶどうの木の上部に設置し自家発電をすることで、農林水産省も推奨している低炭素型農業を実現しています。岡木さんは、この取り組みをこう語ります。

ぶどうのハウス栽培(2020)農林水産省

「夏場は非常に太陽の光が強いので、ぶどうの下は高温になります。それを太陽光システムのパネルによって適度に遮ることは、ぶどうにとっても作業する人の健康のためにもプラスになります。また、自家発電したエネルギーを農業機械の充電やハウス内の温度を保つヒートポンプの活用に利用することは、経済的にも助かりますし、二酸化炭素の排出を抑制することができます」

岡木農園の園主 岡木由行さん(右)と農園のブランディング・販売全般を担当する岡木宏之さん(左)(2020)農林水産省

「再生可能エネルギーへの取り組みは、2003年頃から。須坂市の取り組みとして試験的にスタートしましたが、今あらためて、いいぶどうを作ることと同時に、環境を配慮した対応も施設の延命として非常に大事なことなのではないかと思っています。また、須坂市では、家庭で出た生ゴミを使って有機の堆肥を作る取り組みを行なっていて、ここでも採用しています。市として、そういう取り組みをしていることは、素晴らしいと思いますね」

岡木農園 ぶどうの収穫(2020)農林水産省

岡木さんは、美味しいぶどうづくりに真剣に取り組みながらも、環境問題に向き合い、未来に向けてできることから変わろうと努力し続けている一人。シャインマスカットという生命力溢れる果実には、美味しいものを届けようとする作り手の直向きさと変化を恐れず進化し続けていく前向きさが、果実の美味しさと共にぎゅっと詰まっています。

提供: ストーリー

協力:
岡木農園

撮影:上澤 友香
執筆:内海 織加
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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