印籠

江戸のおしゃれ、武士のダンディズムの象徴

作成: 立命館大学アート・リサーチセンター

立命館大学アート・リサーチセンター 協力:京都女子大学

印籠 《沢瀉に酢漿草蒔絵印籠》 清水三年坂美術館蔵(柴田是真 (1807-1891) 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

江戸のおしゃれ

 江戸時代から明治にかけて、さまざまに装飾の趣向をこらした印籠が生み出されました。江戸時代の侍たちは、季節感や流行を大切にし、印籠の粋なおしゃれを楽しみました。当然、相当な技術を持った職人達が制作にあたるようになり、柴田是真(1807-1891)や白山松哉(1853-1923)など帝室技芸員となった作家たちの蒔絵印籠も多く残っています。  手のひらに納まるほどの小さい印籠の中に詰め込まれた蒔絵の装飾の美しさや、木彫の粋な世界は、外国人の方々の心をも捉えました。西洋の主要都市にある近代美術館や応用美術館には、日本から海を渡った印籠が少なからずコレクションされています。また現代においても、印籠の熱心なコレクターは存在しています。手元に置きたい、もっともっと集めたいと思わせる魅力がこの小さな箱にはあるのでしょう。

印籠 《切段模様蒔絵印籠》(部分) 清水三年坂美術館蔵(白山松哉 (1853-1923) 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

日本では、長く続いた時代劇「水戸黄門」での決め台詞「この紋所が目に入らぬか」とともに悪党に示されるイメージが強くなり、一種の身分証のように考えている方もいるかと思いますが、一般的にはそうではありません。印籠は、印鑑入れ、そして後には薬入れに利用されたれっきとした実用品だったのです。

印籠 《菊尽し蒔絵印籠》 清水三年坂美術館蔵(柴田是真 (1807-1891) 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

印籠の歴史

印籠は、室町時代に大陸から日本に伝わりました。当初は、読んで字のごとく、印鑑を持ち歩くための小箱として用いられていましたが、印籠が本格的に普及するのは、江戸時代になってから。しかしその時にはすでに用途が変わっており、印鑑ケースとしてではなく、薬を持ち運ぶ道具として用いられるようになっていました。印籠は4〜5段のパーツに紐を通して連結した構造をしています。それぞれの段が小さな引き出しのような役割をはたして、それぞれ違った常備薬を収納するのに用いられました。印籠は懐やたもとにしまわれることもありますが、帯に根付けを通してひっかけ、腰に提げて持ち運ぶスタイルも一般的でした。武士の印籠は、町人の煙草入れとともに江戸の男のおしゃれな装飾品としてさまざまな趣向がこらされるようになっていきます。

印籠 《制作工程1》(植村円秋 、撮影: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

印籠制作工程

蒔絵に彩られた印籠はどのように作られているのでしょうか。さまざまな形態があるのですが、その多くはこのように、二重構造になっています。内側、外側のそれぞれのパーツを別々に作り、それぞれに漆を塗り重ね、或は蒔絵を施したのちに組み合わせ紐を通しています。

印籠《制作工程2》(植村円秋 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

印籠 《制作工程3》(植村円秋 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

印籠 《制作工程4》(植村円秋 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

印籠《竹図三段印籠》 清水三年坂美術館蔵(懐玉斎正次 (1813-1892) 写真: 木村羊一、photo by Kimura Youichi)出典: 清水三年坂美術館

根付と緒締

印籠には、紐の先につける根付と紐の根元に取り付ける緒締と呼ばれる部分があります。この根付と緒締も大事なおしゃれ要素。さまざまに工夫されていました。根付にはそれだけで芸術品と思えるような木や象牙の彫りの作品が多くあります。緒締部分も珊瑚や翡翠など希少な宝石を用いたほか、金工細工や木彫のものも用いられていました。こちらの作品は印籠と緒締が木彫、根付が象牙の彫りでふくら雀を表わしています。

印籠 《秋草狸図印籠》 清水三年坂美術館蔵(加納夏雄 (1828-1898) 他 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

さまざまな印籠

趣向をこらした印籠は、蒔絵に彩られたものが最も多いのですが、その他の素材、技法で作られたものも存在します。例えばこちらは大変珍しいのですが、京金工の名工、加納夏雄(1828~1898)による「金工」の印籠です。さまざまな金属が象嵌され、金工による根付と小締が付けられています。

印籠 《松竹梅堆朱四段印籠(犬箱根付付)》 清水三年坂美術館蔵(豊慶 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

堆朱による印籠

堆朱とは漆を何重にも厚くなるまで塗り重ねた後、その漆の層に彫刻を施したもので、大変な手間と技術が必要です。中国から日本に伝わり室町時代以降、本格的に制作されるようになりました。こちらは根付も緒締もすべて堆朱。大変貴重な作品です。

印籠 《哉節句蒔絵印籠》 清水三年坂美術館蔵(柴田是真 (1807-1891) 写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

こちらは柴田是真による少し変わった形の印籠です。重ねるのではなく、引き出し形式になっています。意匠は桃の節句を表わす雛人形と貝合わせ。季節感のあるおしゃれに用いられたのでしょう。

印籠 《美人図蒔絵印籠》 清水三年坂美術館蔵(植村円秋 、森田りえ子、写真: 木村羊一)出典: 清水三年坂美術館

印籠の現在

印籠に薬をいれて腰に提げるという文化自体は、残念ながら着物の衰退とともに廃れてしまいました。しかし現在もコレクター心をくすぐる印籠の制作は受け継がれています。京都で印籠制作を行う植村円秋氏は、日本画家の森田りえ子氏の作品を図案とする印籠などを制作しています。伝統を受け継ぎながら、どこかエキゾチックで新しい作品が今もなお生み出されています。

提供: ストーリー

資料提供&協力: 清水三年坂美術館

監修&テキスト: 松原史 (清水三年坂美術館

編集: 山本真紗子(日本学術振興会特別研究員)、京都女子大学 生活デザイン研究所 鈴山雅子(京都女子大学家政学部生活造形学科)

英語サイト翻訳: 黒崎 美曜・ベーテ

英語サイト監修: Melissa M. Rinne (京都国立博物館

プロジェクト・ディレクター: 前﨑信也 (京都女子大学 准教授

提供: 全展示アイテム
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