日本の文化と感性で挑む、宇宙での未来食

〝宇宙〟というのは、その一部にいながらにして、まだまだ遠く未知の存在。現実に存在していることは確実なのに、一般の人たちにとってそのイメージは、まだ映画に見るSFのイメージかもしれません。しかし、アメリカでは宇宙旅行の実現に一歩近づき、世界中で宇宙への研究が著しく進む近年、日本でも宇宙に関するさまざまなプロジェクトが進行しています。中でも注目したいのが、宇宙での長期滞在を想定して進められている、宇宙での食に関するプロジェクト「Space Food X(スペースフードエックス)」。「リアルテックファンド」、「国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構」(以下、JAXA)」、「株式会社シグマクシス」の3社が企画・運営し、食料生産や食品加工、食空間など食にまつわる様々な事業を行う約40の民間企業や大学が参加するこのプログラムは、今、日本らしい感性でスタートを切ったばかりです。

宇宙日本食(しょうゆラーメン)農林水産省

家庭食の美味しさで心を癒す「宇宙日本食」

そもそも、現在、宇宙飛行士が実際に口にする宇宙食には、300種類の「標準食」に加え、自分の好きなものを持っていける「ボーナス食」があります。日本人の宇宙飛行士は、やはり日本食を持っていきたいと願うもの。どうにか宇宙に日本食を持っていけないだろうか、というところから発展したのが、全18社・団体による33種類メニュー「宇宙日本食」です。

宇宙日本食(おにぎり 鮭)農林水産省

この「宇宙日本食」で特徴的なのは、できるだけ地上の食卓で食べる味を再現しようとしているところにあります。メニューも寿司などの高級なものではなく、カレーライスやラーメン、おにぎりや鯖缶などの家庭の食卓に並ぶメニューが中心で、実際に宇宙では、真空パックになっているものにお湯を入れたり、挟み式のヒーターで温めたりしたものを、ハサミで封を切ってフォークなどで食されています。JAXAの新事業促進部で「Space Food X」の副代表を務める菊池優太さんは、日本の宇宙食についてこう話します。

JAXA:新事業促進部 菊池優太さん(2019)農林水産省

「今、日本では日清さんやハウス食品さんをはじめ、多くの企業に参入いただき、宇宙食はより充実してきています。各社の宇宙食の開発で日本らしいと思うのは、美味しさにこだわっているところ。食べられればそれでいい、ではなく、味や食感なども可能な限り再現しようと努力されている印象があります。

JAXA(2019)農林水産省

フリーズドライやレトルトの技術も、宇宙食を作る中で劇的に進化したと言われていますが、そのような加工食品の技術やクオリティの高い日本ですから、美味しさの面でも高品質のものが開発されていると思います。また、限られた資源と厳しい状況の中で食べられる安全なものという点で、防災食ともリンクすることが多いんですよ」

宇宙飛行士は究極の単身赴任、と菊池さんは言います。とてもストレスの多い環境にいるからこそ、バラエティ豊かな食や仲間たちと食卓を囲むことによって、疲れを癒しストレスを軽減することも大切なのです。

火星の模型(2019)農林水産省

〝持っていく〟宇宙食から地産地消へ

宇宙食のように、地上で作られたものを宇宙に持って行くというのが現在のやり方ですが、長期滞在を見据えたこれからの宇宙食はどうなっていくのでしょうか。「Space Food X」では、これから多くの人が月や火星に滞在することを想定してイメージを広げていると言います。

月の模型(2019)農林水産省

「これから、多くの人が月や火星に行くことになることを考えると、よりメニューの多様性や美味しさが求められてくるのではないかと思います。そうなると、現地で調理するということも出てくるでしょう。日本からの無人輸送機『こうのとり』が、国際宇宙ステーションに日本全国から仕入れた生鮮食品を届けているのですが、宇宙飛行士たちはパンにその野菜をはさんでハンバーガーにして食べたりしているそうです。さらに月・火星へ行くにつれて、こういう食材の輸送も規模が大きくなれば地上からの輸送に加えて、現地で調達も考えなければなりません。そう考えると、宇宙でも〝地産地消〟が必要となってくると思っています」

Space Food Xが描く未来の農園(2019)農林水産省

現在、「Space Food X」で想定しているのは、家畜に頼らずたんぱく質を生み出す培養肉や、水耕栽培をベースとして野菜を育てる植物工場、また繁殖力の高いミドリムシなど藻類培養など。日本が得意とする味噌を代表とする発酵食品を作ることもテーマのひとつ、と菊池さんは言います。

「日本は、昔から医食同源の考え方が文化の中に根付いています。だから、サプリメントだけではなくて、できるだけ食事で栄養を摂取しようとするんです。このプロジェクトに参画してくださっている企業さんの開発も、日本人らしく美味しさや食材の質へのこだわりはとても強い印象がありますね」

Space Food Xが描く未来の3Dフードプリンター(2019)農林水産省

食材の生産に加えて、3Dフードプリンターの開発も進められています。これは、ボタン一つでひとつのメニューが立体的に現れるという夢のようなマシン。現在進行している「ルナロボティクス」による味付けや旨味成分の開発は、このフードプリンターの進化にも大きく関わることになるに違いありません。

そして、これはただのプリンターというだけでなく、ユーザーとコミュニケーションをとって、カロリーや栄養面で相応しいメニューを提案してくれるような側面も持つことになるかもしれない、と菊池さんは言います。それは、漫画『宇宙兄弟』(著・小山 宙哉/ 講談社コミックプラス)にも描かれているように、将来、人にとってロボットやマシンが相棒となる未来像にも通じることなのでしょう。

JAXA:新事業促進部 菊池優太さん(2019)農林水産省

宇宙への取り組みが地球の課題解決への繋がる

その他、リサイクルによって汚水を完全にきれいにして飲めるようにすることやゴミを出さないようなシステムなど、循環技術についても研究が進められています。これは、実は、環境問題やフードロスなど地上での問題にも大きく繋がること。宇宙に向けた開発が、地球での問題を解決する糸口になるかもしれないのです。

「宇宙では、水はもちろん、空気も再生していかないといけません。だから、究極の循環システムが求められるんです。でも、もしこの開発で完全リサイクルハウスができれば、災害が起こった時の避難所や、砂漠など厳しい環境での住まいに反映できるかもしれません。今、進めているこの開発は、宇宙で使うためのものでありながら、地球で長く生きながらえていくためにも必要なものであると考えています」

Space Food X プログラム(2019)農林水産省

「Space Food X」は、今後、宇宙での実験なども徐々に進めながら、宇宙と地球の両方で開発を進めたい菊池さんは話します。「宇宙ビジネスというと、一般の方にとっては遠いイメージをもたれるかもしれませんが、このプロジェクトは食という身近なテーマですし、地上のテーマとも繋がる部分が多くありますから、多くの方に興味を持っていただけたらいいなと思っています。いろいろな方に気軽に参加いただけるようなイベントを開催したり、調理専門学校の学生さんたちとレシピ開発をしたり、一般の方が参加できる宇宙開発ということもしていきたいと思っています。

テクノロジーが進化してくれば、ビジネスとしてもチャンスは広がりますし、世の中の課題解決やイノベーションにも繋がってきます。これからの宇宙ビジネスは、日本らしさをどれだけだせるか、そして世界のためになることを日本としてどう作れるか、というところがポイントになってくると思っています」

2040年には月に1000人滞在する、2060年には火星に100万人住む、とも言われています。映画の中でしか行われていなかった月や火星での暮らしが、いよいよ現実化するという変革的なタイミングを私たちは生きているということでしょう。そして、同時に、食にまつわるさまざまな技術が進化するタイミングでもあります。今まで長い歴史の中で培われてきた日本の食文化が、未来の食をどう作っていくのか、期待せずにはいられません。

提供: ストーリー

協力:
JAXA 宇宙航空研究開発機構
Space Food X

SAVOR JAPAN

写真:阿部 裕介(YARD)
執筆:内海 織加
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
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