作成: 立命館大学アート・リサーチセンター
立命館大学アート・リサーチセンター 協力:京都女子大学
江戸からかみの歴史 1
からかみとは、中国の宋から伝わった紋唐紙を原点とする紙の装飾技法です。平安時代には国産化が始まり、経典、和歌の料紙などに使われるようになります。金銀箔や雲母が典雅な光を放つ贅沢な紙は、室町時代に入ると書院造りの襖紙に発展。中国渡来であることから〝唐紙〟と呼ばれ、京都の貴族や寺社が好んで室内空間に取り入れました。江戸時代に入り政治経済の中心が江戸に移ると、京都の唐紙師の流れを汲む職人が多く移住、江戸の住居用に襖紙を製造するようになります。
江戸からかみの歴史 2
江戸におけるからかみ需要は、武家や町人の住宅用。京都で発達した木版雲母摺りは、江戸でもからかみの中心技法でしたが、火事の多い江戸では、たびたび木版が焼失するため、染め物に使われていた伊勢型紙を代用、更紗師と呼ばれるからかみ職人が登場します。また、箔押しや箔散らし、砂子蒔きを行う砂子師も加わり、それぞれ専門職化。時には技法を組み合わせながら、江戸中期を迎えるころには、「享保千型」と呼ばれるほど、江戸からかみの文様はバリエーションの広がりを見せるようになります。
江戸からかみの歴史 3
江戸時代の版木は、12枚貼って1枚の襖になる紙のサイズに合わせた小判でしたが、明治、大正、昭和と時代が下るにつれて、紙が大きく漉けるようになると、江戸からかみの版木は大判化。萩や蔦など大らかで流れるような図柄が可能になります。戦後は、三六判(910×1820㎜)の紙に合わせた横幅の版木が定着します。しかし高度成長期には安価な量産の襖紙が台頭し、伝統技法が衰退。そんな状況下、版元である東京松屋の第十八代伴利兵衛(1940~ )が職人たちに声をかけ、復興に取り組み始めました。平成11年(1999)には〝江戸からかみ〟として国の伝統的工芸品の指定を受け、現在に至っています。
木版雲母摺り
板木に模様を彫り込んだ版木を使って染める技法。雲母の粉末に布海苔やこんにゃく糊を加えて作った絵の具を大きな篩に塗って、版木にまんべんなくつけ、上から紙を重ねて手の平で撫でるように摺る。光を受けて柔らかに光を放つ雲母摺りは、目に障らない静かな存在感。職人は唐紙師と呼ばれる。
箔散らし、砂子蒔き
竹筒に砂状の金銀や切り刻んだ金銀箔を入れて、紙の上に振り出す技法。紙の上に水を刷毛で引き、さらにドーサ(糊の一種)を引いたら、乾かないうちに振り出し、文様を描いていく作業。経典や絵巻物などの料紙装飾から派生。職人は砂子師と呼ばれます。
更紗型
柿渋を施した和紙に彫刻刀で文様を彫り込む伊勢型紙を使い、鹿毛の丸刷毛で染めるからかみ技法。写真は一枚染めだが、何枚かの型紙で重ね染めをして多色摺りする〝追っかけ型〟のものも。職人は更紗師と呼ばれます。
丁子引き
櫛状に間引きした刷毛で定規に沿って直線を引きます。江戸時代は丁子の染料を使用したことからの名称。刷毛で引く縞柄の総称。唐紙師の仕事のひとつ。
基本は絵の具作り
江戸からかみの唐紙師の1人である小泉幸雄は、「からかみの基本は絵の具作り。襖が何枚も並んだ時に、同じ色じゃなければいけませんから」と言います。基本の絵の具(顔料)の色は、赤、青、黄、白、墨の5色。これを混ぜながら、地色や版木摺りに使います。
篩で絵の具を塗る
絹絽や寒冷紗を張った大きな篩に絵の具を塗り、ポンポンと静かに版木に当てながら、絵の具を付けていきます。
摺る
三六判の和紙を上からかぶせて摺ります。この大きな紙が江戸からかみの特徴のひとつ。からかみの木版摺りは、バレンを使わず、手のひらで撫でるようにして摺ります。基本2度摺りをして、紙を送って摺ります。そのため、継ぎ目がぴったり合うよう作業する必要があります。
インテリアとして
襖紙からスタートした江戸からかみですが、日本建築の住まいが少なくなっている現在、新たな用途を開拓しています。壁紙として壁面に貼る、また洋室でも使用できるパーティションとして、モダンな和空間を創出します。
小物に取り入れる
江戸からかみをもっと身近に感じることができる小物雑貨類。行灯、ランチョンマット、団扇、箸袋、ステーショナリーなど、紙としての美しさを生かして、アイディアを広げています。
資料提供&取材協力:東京松屋、小泉幸雄(唐源・小泉襖紙加工所)
撮影:渞忠之
監修&テキスト:田中敦子
編集:山本真紗子(日本学術振興会特別研究員)、京都女子大学 生活デザイン研究所 山村沙生(京都女子大学家政学部生活造形学科)
英語サイト翻訳:Eddy Y. L. Chang
英語サイト監修: Melissa M. Rinne (京都国立博物館 )
プロジェクト・ディレクター: 前﨑信也 (京都女子大学 准教授)