道頓堀前の飲食店(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
かに道楽にグリコ、食いだおれ……。食とお笑いの大阪観光名物が集まる街といえば、やはり道頓堀。400年の歴史を誇る道頓堀商店街では、見上げるとたくさんの文字の間から牛やフグの立体看板が顔をだし、道にはお客さんに話しかける元気な店員たちの声が響きます。
かに道楽 外観(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
今も昔もにぎやかなエンターテイメントの地で共存するのは、「天下の台所」にふさわしい料亭文化と、たこ焼きに代表されるいわば軽食文化。一見相反する2つの食文化を結ぶ鍵は、関西ならではの出汁の味と、お客さんを楽しませたいという想いにありました。
大阪・法善寺横丁の居酒屋(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
「くれおーる」代表 加西さん(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
おなかを満たす「粉もん」に込めた想い
「大阪の食は昔ながらの常連さん向けの料亭と、大衆向けのたこ焼きみたいなものと2つあるのが面白いですよね」そう話し始めてくれたのは、現在たこ焼き屋を4店舗も構える『株式会社くれおーる』の加西幸裕さん。1999年にお母さまが創業した同社を、代表取締役社長としてまとめています。7種類もの小麦粉を使う生地のレシピは、お母さまが独自で編み出した完全『おかんの味』。試作過程で加西さんもたくさんのたこ焼きを食べたようで、「こんなたこ焼きみたいな身体になりました」と笑います。
くれおーる 外観(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
「小麦粉を使うたこ焼きやお好み焼きを、関西では『粉もん』と呼びます。たこ焼き自体の歴史はまだ100年もたってなく、言葉ができたのも80年前くらい。まず牛肉のスジ肉とこんにゃくなどを入れたラジオ焼きゆうのがあって、それにタコと卵を使った兵庫県の明石焼きの要素をいれて、たこ焼きができあがったそう。戦争などもあり貧しかった時代に、安くおなかを膨らませられるのが『粉もん』でした。
「くれおーる」メニュー(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
他の地域では、すいとんなどがありますよね。昔はソースもなく、出汁と醤油のみ。厳しい生活のなかでも、なんとか子供たちにあげるおやつを少しでも美味しくしようと工夫したと言います。タコは当時安かったですし、大阪は土地柄、昆布が集まってくる場所だったので素材も揃う。まさに、大阪の風土と歴史が生んだ食べ物ですね」
トリュフ入りたこ焼き(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
大阪名物 お好み焼き(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
お好み焼きのタネ(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
出汁と道具が、本場の味をつくる
今では東京発のお店も続々進出する、たこ焼き業界。ではそのなかで、『本場』関西の味とはなにが決め手なのでしょうか?
「やはり出汁ですね。昆布と鰹をあわせた出汁が、『ザ・関西』の味の決め手です。最終的な値段は全く違いますが、料亭も我々もどちらも使っているのは関西の出汁。そこだけは、絶対に譲れません。関東よりも色が薄く、柔らかい風味ですね。
たこ焼きを作る過程(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
食材から旨味を抽出する出汁の文化は、日本人としても残していきたいもの。使う中身の食材が一緒でも、出汁がなかったらたこ焼きじゃなくなってしまう」
そしてもうひとつ大事な要素が、関西人の大好きな『外カリ中トロ』という独特の食感を作る道具たち。皮は極力薄くしっとりふわっとした感触が大事なのだと言います。
「くれおーる」道頓堀店 外観(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
「たまに中国の方に、『生?』と勘違いされることも(笑)それくらいトロっとしてないと、昔から関西人はダメなんです。これには道具もすごく重要で、手入れが大変でもうちが使っているのは鉄鍋。熱伝導がゆるやかで冷めにくい。今ほかのお店は銅鍋が多いそうですが、銅だと熱の伝わりがよすぎて重い粉っぽさが残ってどてっとしてしまう。料理は『火と水のバランス』が大事ですから、ふんわりさせたいお好み焼きと、キャベツをしゃきっとさせたい焼きそばでは鉄板の温度も当然違います。昔は大阪ではたこ焼き機が一家に一台ありましたが、なかなか家庭では作れない味も楽しんでもらいたいですね」
たこ焼きを作る過程(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
たしかにきれいな真ん丸のたこ焼き頬張ると、ほわほわと優しい口当たりで何個でも食べれてしまいそう。焼きそばも色々な食感の様々な素材たちが、口のなかで心地よく重なります。
たこ焼きを作る過程(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
「くれおーる」G20限定メニュー(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
物だけでなく体験を売る時代へ
振り返れば、10年ほど前は閑散としていたという大阪の街。しかし、今では多くの外国人観光客が道頓堀を行き交います。加西さんのお店『くれおーる』のメニューでも、ちゃっかりG20大阪サミットに便乗し、期間限定『いらっしゃいたこ焼き』で海外からのゲストをおもてなし。アツアツのたこ焼きを、店頭に立ち見事な手さばきで焼く店長の武田さんも、なんと10か国語でのご挨拶をマスターしています。
よしもと なんばグランド花月(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
「喋ったり動画撮られたりしながら、焼くのは結構なプレッシャーですよ」と、加西さん。「でも、大阪商人は喋らなあかん。来る人みんな期待が高く、『大阪おもろいんちゃうか?』って思われてる。いまだに修学旅行生とかにいきなり『バーン』ってピストルで打ったふりされたら、『うぅっ』とか言って撃たれた振りしなくちゃいけませんから(笑)飲食店は人と人との関わりが大事だと思っているし、来たからにはがっかりしてほしくない。今はもう、物を売る時代じゃないんです。
よしもと なんばグランド花月 ポスター(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
この場所の家賃も相当あがってきていますけれど、やっぱり道頓堀で看板を掲げたいっていう経営者は多い。2025年に大阪万博も決まりましたし、大阪人の『前に前に』っていう賑やかしい雰囲気も楽しんで頂きたい。精神的なことだけじゃなくて物理的にも、実際にみんな気づかれないようちょっとずつ自分の看板を『前に前に』出してますからね(笑)」
千日前商店街(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
今、たこ焼きを巡る資源管理の状況が、目まぐるしく変化しているのも事実です。まず、大切な素材のタコが高級品になりつつあります。昔タコを「デビルフィッシュ」と呼び食べなかった国の人たちもたくさん食べるようになり、かといって乱獲はできないので日本にまわってくる全体量が少なくなっているとか。さらに食品ロスの問題もあります。
昔ながらの喫茶店のショーケース(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
もともと「始末の料理」と呼ばれる食材を使いきる調理法で有名な関西らしく、加西さんもキャベツ1枚無駄にせず、出汁をとったり漬物にしたりして活かしているそう。「実際に農家さんの顔を見ると、なかなか無駄にできません」と、きっぱり話します。
「これからは“TAKOYAKI”ってローマ字にして、中身にタコ以外の鶏肉やエビを使ってもいいと思うんです。でも忘れていけないのは大阪の出汁文化と、ここで商売するというプライド。そして、何より楽しんでもらうこと。『美味しかった』は『楽しかった』に含まれていると思うんです。そこは忘れたくないですね」
大阪名物 たこ焼き(2019/2019)公益財団法人大阪観光局
思えば今、全世界的に有名な寿司や天ぷらだって、元を辿ればストリートフード。大阪の食文化が詰まった可愛らしい丸玉が、世界を席巻する日は案外すぐかもしれません。
協力:
株式会社 くれおーる
公益財団法人 大阪観光局
写真:中垣 美沙
執筆:大司 麻紀子
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社