平安時代に中国から伝来し、独自の発展をとげた園藝文化

盆栽の起源
盆栽の起源は中国の盆景だと考えられている。現在もっとも古い盆景の遺例は唐時代造営の章懐太子李賢墓壁画であり、1300年以前より陶器に草樹をうえて鑑賞する風習があったことがわかる。道教の神仙思想に基づいて生まれたと考えられる盆景は仙境(神仙蓬莱)の具象表現の一つであったと考えられる。日本へは平安初期の遣隋使・遣唐使に始まる中国の先進文化導入の過程でもたらされ、日本の風土や民族性に溶けこみながら独自の文化として発達した。
平安時代の仏教は国家の安定から人間の内面追求に移り、僧侶が修業の場を山林などに求めるようになった。これを契機に仏教施設に自然や神仙蓬莱思想の要素が取り入れられ、庭園整備が進む中で盆栽も発達し、教養の一つとして高僧、貴族、武士に愛好されていた。現在、日本の絵画史料としてもっとも古いものは『西行物語絵巻』(13世紀)、で『春日権現験記絵』と同じく、今で言う「石付き盆栽」の様式で描かれている。
治安の安定した江戸時代、盆山や草樹を愛好する将軍への珍奇植物の献上が競われ、大名や旗本、御家人、武士の間で一大園芸ブームが起った。本草学(中国の薬物学)を基に薬草から珍しい草花樹など多種多様の植物を鉢植えにし、後に観賞用に特化したものも栽培された。後期になると庭を持たない庶民の長屋暮らしでも鉢植えだと園芸の趣味を持つことが出来るために大流行し、将軍から庶民まで階級の垣根をこえる趣味となった。
現在の芸術性の高い盆栽の「形」が定まるきっかけは、欧米から「美術」の概念を受容した明治時代に始まる。文明開化の風潮の中、アーネスト・フェノロサと岡倉天心の日本美術再考運動に同調した「美術盆栽」運動が起こる。これは茶道や華道、他の日本文化と同じく近代化によって生活文化から芸術文化へと昇華したという経緯がある。その一方で「自然美盆栽」と呼ばれる自然を再構築するような飾り方が大正時代には成立し、現在はこの様式が定着している。そして盆栽は共通語 “BONSAI” として世界で広く知られている。
根張り・立ち上がり
根張り: 大地に根がはった様子のことで、土をしっかりとつかむ姿には樹木の強い生命力が表れています。八方にバランスよく広がっているものが樹に安定感を与えます。 立ち上がり: 根元から最初の枝までの幹を立ち上がりと呼びます。ここから上に向かって伸び広がることで、大木のような迫力を生み出します。また幹の肌は樹木の種類によって異なり、松の盆栽では、歳月を経て層を重ねた肌が大きな魅力となります。
枝配り
枝配り: 幹から出ている枝の配置、それぞれの枝の向きや太さのバランスのことです。しかし理想的な枝配りに恵まれた盆栽はなかなかありません。与えられた枝をいかに上手く活かして樹づくりをするかが腕の見せ所となります。
コケ順
幹から枝先に行くにつれて自然に細くなっていく様子のことです。コケ順のよい樹は遠近感によって大木感を表現することが出来ます。足下から枝先にかけてじっくり視線を動かすと、巨木に体感できる瞬間が訪れます。
さいたま市大宮盆栽美術館
世界初の公立の盆栽美術館として2010年に開館。盆栽の聖地と呼ばれる大宮盆栽村に近接している。旧髙木盆栽美術館のコレクションをひとつの核とした盆栽の名品、優品をはじめ、盆栽用の植木鉢である盆器や鑑賞用の自然石である水石、盆栽が登場する浮世絵などの絵画作品、それに盆歴史・民俗資料等を系統的に収集・公開している。
《五葉松 「千代の松」》
本作の総高は1.6メートル、横幅は1.8メートルをこえ、大宮盆栽美術館所蔵品の中でも最大級の大きさを誇る盆栽である。土を力強くつかんで隆起した根張り、巨体をくねらせながら上昇する幹、そして量感豊かに繁った葉の威容は、樹木のたくましい生命力を感じさせる。
立命館大学アート・リサーチセンター 協力:京都女子大学
提供: ストーリー

資料提供:さいたま市大宮盆栽美術館

監修&テキスト:川﨑仁美(盆栽研究者)

編集:京都女子大学生活デザイン研究所 隅谷桃子 (京都女子大学家政学部生活造形学科)

英語サイト翻訳:Hillary Pedersen

英語サイト監修: Melissa M. Rinne (京都国立博物館

プロジェクト・ディレクター: 前﨑信也 (京都女子大学 准教授

提供: 全展示アイテム
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