昔の絵葉書に見られる五重塔 写真提供:上野東照宮上野文化の杜
五重塔はどこのもの?
上野の五重塔は1631(寛永8)年に寛永寺境内にあった上野東照宮内に建てられた。東照宮は神社だが、当時は神仏習合の考えから寺と神社が同居していることはまれではなかったのだ。その後、明治政府による神仏分離令を機に寛永寺に帰属することになるが、仏教を排斥する廃仏毀釈運動が各地で起きても神社である東照宮ゆかりの仏塔であることからか、取り壊されることはなかった。現在は東京都の管理下で、上野動物園内にその姿を残している。
写真提供:上野東照宮
昔のモノクロ写真の五重塔 写真提供:上野東照宮上野文化の杜
古い絵はがきに残された五重塔の姿
写真提供:上野東照宮
上野動物園に建つ五重塔 写真提供:(公財)東京動物園協会上野文化の杜
五重塔が動物園にある理由
五重塔は東京都の管理下となって上野動物園内に移築されたわけではなく、実は江戸時代に建立されたときからその場所に変わりはないと言われている。動物園となった場所が、かつて上野東照宮とその別当(神社を管理する寺)である寒松院の敷地であったのだ。その証拠に、上野動物園の一角には、自身の屋敷地を献上して寒松院を建てた初代津藩主の藤堂高虎が眠る藤堂家の墓所が現存している(非公開)。
写真提供:(公財)東京動物園協会
川瀬巴水「上野東照宮の雪」 写真提供:上野東照宮上野文化の杜
上野の山のシンボルの一つに
上野の山という高台に建てられたことに加え、まわりに高層ビルがなかった時代、高さ約36メートルの五重塔は遠くから見ても目を引いたはずだ。日本各地の風景を浮世絵版画に残し、「昭和の広重」とも呼ばれる川瀬巴水(かわせはすい)も、上野の山を象徴する建物として五重塔を描いた。雪景色の中の荘厳な姿を捉えた「上野東照宮の雪」(1929年)と、桜とともに描いた「春の夕」(1948年)。大きな戦争を経ても変わらぬ姿がそこにはある。
川瀬巴水「上野東照宮の雪」 写真提供:上野東照宮
提供/上野文化の杜新構想実行委員会
文/岩本恵美 構成/佃さやか