強調したり、隠したり
西洋のファッションにおいて、身体は加工・造形されるものと長らく考えられてきました。19世紀のコルセットはその思想が色濃く表れたものといえるでしょう。続く20世紀、一般には、コルセットが廃れ、女性の身体が解放されたと見なされています。ファッションの一部である下着も、時代の美意識や身体観に寄り添っているのです。
コルセット、パニエ、シュミーズ(1760-70年代[コルセット] 1775年頃[パニエ] 1780年頃[シュミーズ])京都服飾文化研究財団
シルエットの造形
18世紀女性服の形を支えたのは、コルセットとパニエという下着でした。
上半身を形作るためのコルセットは、シュミーズの上に着装され、乳房を高く持ち上げるため、内部に鯨骨が入っています。パニエは18世紀初頭に登場し、フランス革命期まで宮廷服に着用されました。18世紀中期以降、スカートが左右に大きく張り出すにつれて左右二つのかご状のものなども登場。大きくなったパニエは、諷刺画などの格好の題材となりました。
袖付きコルセット[左] コルセット[右] 子供用コルセット[中](c. 1760 [Left] Mid-18th century [Center] Early 18th century [Right])京都服飾文化研究財団
上半身に付ける一種の胴衣であるコルセットは、下着用に使われる簡素なものと、室内でのくつろぎ用の装飾を施したものがあり、後者には袖付きのものもありました。
コルセット(1820年代)京都服飾文化研究財団
全体に柔らかい仕立てのこのコルセットは、ウエストを細く締める力はさほど強くない。1820年代半にドレスのウエストラインが再び下降し、細くなっていくに従いコルセットが復活。以降、20世紀初頭まで再び女性の必需品となります。この間、コルセットはブラジャーの役目を兼ねていました。
スリーブ・パッド(1830年代)京都服飾文化研究財団
スリーブ・パッドは、1830年代を特徴づける大きなパフ・スリーブのために着装されました。薄い綿素材でギャザーをふんだんに使い立体的に仕立てられています。中身の羽毛は軽く、パッドを大きく膨らませています。
クリノリン(1865年頃)京都服飾文化研究財団
クリノリンとバッスル
19世紀中期のファッションを特徴づけるクリノリン・スタイル。クリノリンは、もとは麻布に馬の尾毛を織り込んだペティコートだったが、スカートの膨らみと競いあうように改良が重ねられていきます。
1850年代後半、針金や鯨のひげなどの輪を水平に何本もつないだ画期的なクリノリンが誕生。さらに鉄製のフープによる大きなかご状のものへと変化していきます。
クリノリン(1860年代後半)京都服飾文化研究財団
軽くて着脱の容易なクリノリンの出現でスカートは急激に巨大になり、60年代、その大きさは最大に。歩くにも戸口を通るにも支障をきたし、風刺画の格好の材料として取り上げられました。
バッスル(1870年代)京都服飾文化研究財団
1870年から80年代を通してバッスルBustle(仏:トゥーニュールTournure)スタイルが流行。後ろ腰にボリュームをだす為に考案されたのがバッスルです。
70年代はスカート型のバッスルが多く見られます。スチール・ワイヤー・ボーンを骨組としてスカートを膨らませるクリノリンの原理を利用し、骨組は後ろのみに残した、クリノレットとも呼ばれたバッスルである。
バッスル(1880年代)京都服飾文化研究財団
1870-80年代には工夫を凝らしたバッスルが数多く考案されます。本品のようなタイプから、馬の毛を詰めたクッション状のものや布に糊付けして固くしたもの、鯨のひげや竹、籐製の枠でできたものなど多種多様なバッスルが現れました。
コルセット(1880年代)京都服飾文化研究財団
タイトレーシング
19世紀、近代的な産業の発達により創意工夫をこらしたさまざまなコルセットが生ました。特に鉄の鳩目が1828年に導入されてから、締めるという機能は飛躍的に高まります。
中央のバスクとボーンにより、胴から腹部にかけての曲線を形作りながら下腹部をすっきりと整えています。マネが描いた《ナナ》(1877年)を彷彿とさせるようなコルセットです。女性は理想の体型に近づこうと、20世紀初頭までコルセットでウエストを締め続けました。
コルセット(1880年代)京都服飾文化研究財団
前中心の金属製スプーン型バスク(芯)と、サテン地のテキスタイルが1880年代の流行を伝えるコルセット。スプーン型のバスクは、カーブしている部分で下腹部をおさえるため、内臓への圧迫が少ないと考えられ、1870年代半ばから80年代後半に用いられました。
コルセット(1900年頃) - 作者: 不詳京都服飾文化研究財団
19世紀末から20世紀初頭にかけて、女性のシルエットはコルセットによって作り出されました。バストを支え、ウエストを細くするため、前中心に長いスティール・バスク、全体に硬いボーンが挿入されています。胸と腰をそれぞれ前後に突き出し、ウエストを極端に細く締め付けて、不自然なS字型シルエットのドレスに身体を沿わせました。
バスト・ボディス(1911年頃) - 作者: 不詳京都服飾文化研究財団
前身頃にボーンが格子状に挿入されたバスト・ボディス。極端に胸を前に押し出し、バストが一つに見えるこの形状は、「モノボゾムMonobosom(monoは〈単一〉、bosomは〈胸〉の意)」と呼ばれました。
ブラジャー(1920年代)京都服飾文化研究財団
ブラの誕生
長い間女性たちの体を締め続け、同時に胸を支え、乳房の女性らしさを強調する役目を果たしてきたコルセットは、第一次大戦後には完全に捨て去られました。それによって新たな下着、ブラジャーが登場します。
シュミーズ(1920年代)京都服飾文化研究財団
20世紀になって、活動的な女性の為のストレートで軽やかな新しいファッションへと大きく変化しました。女性下着の構造も激変します。軽やかになったドレスの為に、肌に直接つけるものとして長い間使われてきたシュミーズに代わって繊細でスリムなシルクのシュミーズが登場しました。
水着(1964年) - 作者: ルディ・ガーンライヒ京都服飾文化研究財団
下着、身体の表層化
世界中にスキャンダルを巻き起こしたトップレス水着「モノキニ」。皮膚そのものが最も美しい服になり得るという、新しい身体意識をはっきりと打ち出しました。ルディ・ガーンライヒは1960年代以降、人間の身体性を強く意識した作品を作り続けたデザイナー。既存の概念にとらわれない独自のアプローチを試みています。
ドレス(1987年春夏) - 作者: ジャン=ポール・ゴルチエ京都服飾文化研究財団
1976年にパリでデビューしたジャン=ポール・ゴルチエは、ストリート・ファッションに現れた下着の表層化という現象を素早くとらえ、80年代初期からコルセット、ブラジャーなど、さまざまな下着を表着に変換していきます。ゴルチエが先陣を切った下着の表着化は、90年代以降、大きな流行へと発展します。
ドレス、ブラジャー(1998年春夏) - 作者: トム・フォード京都服飾文化研究財団
白い伸縮素材が身体の線に張り付くようなドレス。その下の黒革のブラジャーが見えることを前提としています。1990年代後半、キャミソールやスリップなどがトップやドレスなど表着としてより洗練されて、グッチやプラダなどの高級で先鋭的なブランドからも次々と提案されました。下着は見えないという意識は変わっていきました。
スリップ(1998年) - 作者: ミウッチャ・プラダ京都服飾文化研究財団
1930年代のランジェリーそのままのような、シンプルでモダンなスリップ。プラダが98年に発表した下着ライン。公然とは見えないものだった下着は、90年代後期には表着と近似し、その両者の差異はほとんどなくなっていきました。本品も表着として着用することができます。