山々の風景(2020)農林水産省
風味を濃厚に閉じ込めた新感覚スイーツ
果物の加工品といえば、ジャムやジュース、ドライフルーツが一般的ですが、今までにはあまり見られなかった加工方法で新たな果物の美味しさを届けようとしている農家があります。山梨県山梨市で桃とぶどうを作っている「Takano Farm」は、山梨県内で初導入という真空凍結乾燥装置を用いて、フリーズドライフルーツを作ることに挑戦しました。
Takano Farmのエアリーフルーツ(2020)農林水産省
ドライフルーツは、多少の水分量が残りしっとりとしたものが多いのに対して、フリーズドライフルーツは、水分量はほとんど残っていません。実際に、Takano Farmが作っているフリーズドライフルーツを手に取ると、どれも全く重量を感じないほど。口に含むと、サクッとした食感。そして、噛んでいくうちに口の中で果肉感が蘇り、凝縮された果物の甘さが口の中に広がり、香りがフワッと鼻から抜けていきます。それは、食べているという感覚よりも、果物の美味しさを閉じ込めた空気を口に含んだかのよう。まさに、この商品名である「エアリーフルーツ」という表現がぴったりです。
ぶどう畑へと向かう高野さん(2020)農林水産省
美味しさをそのままに保存する方法を探して
先代から減農薬・有機肥料栽培にこだわって桃とぶどうを作り、全国からの注文を受けてきたTakano Farm。あえて、この「エアリーフルーツ」を開発をすることになったきっかけは、あるお客様からの一言でした。代表の高野弘法さんは、こう話します。
Takano Farm 代表の高野弘法さん(2020)農林水産省
「毎年、どうしても傷がつくなどしてお客様には販売できない果実が出てしまうのですが、果実自体の美味しさは変わりません。そのような農園の資源を無駄にすることなく生かすことができたらと試行錯誤する中で、お客様から『旬の時期以外にも、Takano Farmの桃とぶどうを食べることができたら』というお声をいただき、旬を過ぎても果物の美味しさをそのままお届けできる方法はないかと考え始めました。通常のドライフルーツは果物の加工としてよくある手法ですが、私自身があの独特の食感があまり好きではなかったんです。それ以外の方法を考える中で思い出したのが、以前話に聞いたことがあったフリーズドライという手法でした。果物のフリーズドライの製品を見つけて食べてみると、ドライフルーツが苦手な私でも美味しく食べることができたので、これでやってみよう!と思えたんです」
Takano Farm 築100年もの建物(2020)農林水産省
困難な試作を経て、美味しさを追求できる内製へ
加工方法は決まったものの、フリーズドライにするための真空凍結乾燥装置は、山梨県内の大学にも技術センターにもありませんでした。また、加工工場も県内にはなかったため、近隣の県にエリアを広げて外注先を探し、2015年から約2年をかけて試作が行われました。当時、桃やぶどうのフリーズドライ製品は、前例がほとんどなかったため、ノウハウはゼロの状態。短い旬の期間での試作となると何回もトライすることはできないため、開発は非常に困難だったと言います。
ぶどう(2020)農林水産省
「本来なら果物が完熟した状態で加工をしたいのですが、外部に加工をお願いするとなると2週間前には日程を組まなくてはならなりません。2018年から外部の工場での生産をスタートさせたのですが、一番美味しい状態をフリーズドライにするにはスピード感が重要ですし、その他にも突き詰めたい部分が出てきたので、2019年に中小企業庁のものづくり補助金の制度を使って、真空凍結乾燥装置を自社で導入しました」
Takano Farmのエアリーフルーツ(2020)農林水産省
生産工程は、果物を一口大にカットし、冷凍して、乾燥機にかける、というごくごくシンプルなもの。しかし、シンプルだからこそ、それぞれにかける時間や方法には、こだわりがあるのだとか。特に、冷凍や乾燥は時間によって仕上がりは変わってくるため、厳密なレシピは企業秘密。急速冷凍をかけることと、なるべく熱をかけずにゆっくり乾燥させることはこだわっている点。熱を加えて短い時間でフリーズドライにすることもできますが、あえて時間をかけることによって美味しさをそのまま閉じ込めることができるのだそう。何よりも、自社で作ることができることによって、よりクオリティを追求できるようになったと高野さんは言います。
ぶどう(2020)農林水産省
「果実をしっかり完熟させ、それを私たちが見極めて収穫したものをすぐに加工できるのが、農園で内製している良さ。桃は特にカットして時間を置くと変色してしまうので、素早く切るための機械を導入しました。ぶどうも半分に切ってから乾燥させたほうが美味しくなるので、最近ぶどうをカットする機械も導入しましたが、これは日本初の機械なのだそうです」
Takano Farmのエアリーフルーツ(2020)農林水産省
桃の「エアリーフルーツ」は淡く美しいピンク色。それは、スピーディーな加工の効果によるものであり、着色などは一切していないのだそう。変色防止のクエン酸を短い時間つける以外、添加物は何も加えていないため、安心して食べることができます。自身が手塩にかけた育てた果物だからこそ、その加工にも一切の妥協はありません。高野さんは、より美味しいフリーズドライフルーツを作るために、新しい技術にも注目し、積極的に取り入れながら日々追究し続けています。
Takano Farmのエアリーフルーツ(2020)農林水産省
家庭での食卓にも新しい果物の楽しみ方を
Takano Farmの果物の美味しさを知っている方が、ギフトとして贈ることも多いという「エアリーフルーツ」。女性好みのパッケージデザインも喜ばれているそう。内製で本格的に作り始めてからはまだ一年半ですが、周りからは嬉しい反応も多いと言います。
Takano Farm 代表の高野弘法さん(2020)農林水産省
「まだ、果物のフリーズドライフルーツ自体がメジャーなものではないので、驚かれることが多いのですが、食べていただいたお客様から、『フリーズドライでこれだけ美味しいのだから、生だともっと美味しいでしょうね』と、嬉しい感想をいただきました。また、私たちと同じ農家の方から『ちゃんと桃の味がする』と言っていただいた時には、開発に時間はかかったけれど、本来の果物の美味しさにこだわり、追究してきてよかったと思いましたね」
シャンパンに浮かべたドライフルーツ(2020)農林水産省
「エアリーフルーツ」は、そのまま食べてももちろん美味しいですが、フリーズドライフルーツだからこそ楽しめるアレンジもあるのだとか。
「お客様の中には、シャンパンや白ワインに浮かべてお召し上がりになるという方もいらっしゃいます。桃を浮かべればサングリアのような楽しみ方ができるますし、ぶどうを浮かべればより濃く果実味を感じることができます。また、紅茶に浮かべるという方もいらっしゃいましたね。飲み物と合わせると、エアリーフルーツに水分が吸収されるので、そのまま食べるのとはまた違う食感を楽しむことができますよ」
その他、砕いて料理にふりかけるなど、通常の果物ではできない食べ方ができるところも魅力のひとつ。食べる方一人ひとりが、好きな食べ方や合わせ方を発見していく楽しさもあります。
フリーズドライフルーツという新たな果物の楽しみ方に挑戦した高野さんは、果樹農家の3代目。2代目であるお父様も、酸化防止剤を使わない生ワイン造りに挑戦しているそう。こだわった加工品を開発しようとするのは、代々愛情と誇りを受け継ぎながら果物を育てているから、そしてDNAの中に新しいことに挑戦するパイオニア精神が刻まれているからかもしれません。
協力:
Takano Farm
撮影:上澤 友香
執筆:内海 織加
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社