北大路魯山人のような人物は、世界中どこにも見当たりません。知られているだけでも、その顔は美食家、料理家、書道家、陶芸家、芸術家、文筆家、批評家……と実に様々。仏の美食家、ブリア・サヴァランのように自己流のグルメ道を貫き、英国のデザイナー、ウィリアム・モリスのように「人々の生活を少しでも美しく」と言いつつ一般には手が届かない高級品を作り、さらにドイツの哲学者、ニーチェのように周囲の人々との衝突を繰り返した魯山人。しかし伝わっている横柄なエピソードに似合わず、作品は自由で大らか、素朴と呼べるものまであります。では、彼が愛した食の現場では、一体彼はどういう存在なのでしょうか。彼の器と料理の関係には、日本食をもっと楽しむためのヒントが散りばめられていました。
魯山人の器に盛られたお造り(2019)出典: Kikunoi
北大路魯山人(2019)農林水産省
『山鳥のように素直でありたい。太陽が上がって目覚め、日が沈んで眠る山鳥のように……。
この自然に対する素直さだけが美の発見者である』 ―魯山人
国民的食漫画のキャラクターのモデルにもなるほど、日本中で知られている魯山人こと北大路房次郎が誕生したのは1883年。
魯山人の器に盛られた野菜の炊きあわせ(2019)出典: Kikunoi
京都は上賀茂神社の社家の息子、というと聞こえはいいですが、実際の生活は困窮し、両親の愛情を受けることなく養子にだされることに。
料理に関心を持ち始めたのも、最終的に引き取られた家で6歳から炊事をしていたからだといいます。その後芸術に造詣を深めながら成長し、自らを「魯(愚かな)山人」と名乗った彼は、1921年に『美食倶楽部』、1925年に『星岡茶寮』を発足。各界のグルメ自慢たちを相手に、自ら作った独創的な料理を盛り付けるための器制作にまで手を伸ばしました。
魯山人の器に盛られた野菜の炊きあわせ(2019)出典: Kikunoi
相当な勉強家であった魯山人。たくさんの自著では尊敬する人物を褒めたたえる一方、考えが合わない芸術家や自称・食通たちをばっさばっさと斬り放題。今も魯山人評は実に多岐にわたりますが、大好きか大嫌いか、の極端な性格で中間がない人だったのは確かなようです。
魯山人の器に盛られた野菜の炊きあわせ(2019)出典: Kikunoi
純粋で無邪気だからこそ、強いものが生まれる
「同じ時代に生きていたら、絶対喧嘩してるやろね」と小気味いい京都弁で話してくれたのは、京都・祇園の老舗料理屋、『菊乃井』の3代目である村田吉弘さん。ユネスコ無形文化遺産に和食を登録した立役者でミシュラン三ッ星の常連でもあり、名実ともに日本料理界を牽引している料理人です。様々な時代の様々な陶芸家の器を所有し、そのなかには魯山人のものも多数あるそう。
京都 菊乃井 本店 外観(2019)出典: Kikunoi
京都「菊乃井」本店 3代目主人、村田吉弘氏(2019)出典: Kikunoi
「魯山人の本を読んで、なんて身勝手も甚だしく嫌な奴なんだろうと思うてたよ。自分だけがよくなる社会なんてありえんのに、自分のことしか考えてへん」と、いきなり手厳しい村田さん。それでも「彼の器に盛るのは楽しいですか?」と聞くと、「楽しいね」と笑顔になり即答します。
魯山人の器に盛られたお造り(2019)出典: Kikunoi
「それだけ極端やないと、これほどアクの強いもんは作れない。芸術家は性格に問題がある人も多いけれど、それは作品とは別の話。魯山人は陶芸も書も料理もしてはるけど、どこをとっても魯山人本人が透けてみえる。音楽でも絵画でも、アーティストっていうのはそういうもん。彼は人をびっくりさせたいっていう気持ちが強かったんやろ。客を喜ばせたいっていう精神よりも、もっと「どんなもんじゃい、すごいやろ」とやりたかったのだと思う。無邪気な子供やね。だから怖がらず6回も結婚できたんや(笑)。自分の料亭『星岡茶寮』でも日本食と中華料理を合わせたようなものも出してたし、正直こんなん美味いかな?と思うものもいっぱいある。でも、陶芸では織部、備前、志野、信楽、瀬戸焼もやったり、荒川豊藏や須田菁華(どちらも陶芸家)に手伝わせてえぇとこ盗んだりと、色々チャレンジしてるのはすごいところやね」
魯山人の器に盛られた鮎の塩焼き(2019)出典: Kikunoi
ワクワクする時間こそ、料理屋の真骨頂
ただ贅沢なだけの料理を「野暮」と言い切り、いい料理はいい食器との調和も欠かせないとしていた魯山人。自ら魚をおろし野菜を炊き、器に盛りつける料理人だったからこそ、彼の器は他の作家とは違う趣があるようです。
「食いしん坊だったからやろ。僕らからすると、魯山人の皿を見るだけでもう『ここに盛れ』って指示が出てるわ。すごく大きな器でも、じっと見ていればちゃんと盛り方が分かって、その通りにすると格好よくなる。
魯山人の器に盛られた鮎の塩焼き(2019)出典: Kikunoi
皿の上にのっていなかったらその料理に人格はないくらい、器は大切。というのも日本料理というのは4次元の料理で、物語があるんや。例えば真っ白な薯蕷(じょうよ)饅頭に赤の線が一本入ってて、銘は『竜田川』と言われたら頭の中に紅葉が浮かんでくる。ピンクのぼうっとしたもので、『吉野山』だったら桜やね。部屋のしつらえを見て道具の取り合わせを見て、吉野山の桜を見ながらお茶を飲んでいるようや、と思ってもらえるのが理想。料理屋(関東で言う料亭)はそういう見立てとか、想像力を掻きたてるアミューズメントパークなんや」
魯山人の器に盛られたきゅうりと茄子のお漬物(2019)出典: Kikunoi
今回村田さんが魯山人の器に盛ったお料理の数々も、まるで素材が生まれ育った場所と季節を物語っているようです。鮮やかな器の八寸で華やかに幕を開け、初夏だけの楽しみ、鮎の塩焼きはヒレで波をかき分け果敢に川の流れを突き進む姿そのままのよう。村田さんもお気に入りという深い青と緑の織部の器が、爽やかな清流を彷彿とさせます。優しげな野菜の炊き合わせには濡らした青竹のお箸が添えられ、心地よい涼やかさが漂ってきました。そして漬物をよそったお椀は、塩を含み一層色を濃くした野菜とのコントラストが美しい。たった4皿で、まるで豊かな森を駆け抜けたような気分になるのです。
魯山人の器に盛られたきゅうりと茄子のお漬物(2019)出典: Kikunoi
「『感激のない料理は、食べるところがないわなぁ』と言うてんねん。料理は香りとテクスチャー(食感)とWAO!(驚きの声)でできてるんやよ。だから器選びも含め、遊び心がないと料理は作れへんよ。音楽とか文章と一緒で、それが伝わったときにお客さんも喜ぶし、僕らも嬉しいねん」
『ものさえ分かって来ると、おのずから、趣味は出て来るものである。
趣味が出て来ると、面白くなって来る。面白くなって来ると、否応なしに手も足も軽く動くものである』―魯山人
京都 菊乃井 本店(2019)出典: Kikunoi
美食の鍵は、自分自身にあり
近年は価格が急騰し、なかなか触れることのない魯山人の器。しかし「高尚だと思う必要はない」と村田さんは断言します。『魯山人だから』と有難がるのではなく、『魯山人を使って料理人がなにを語っているか』に耳を傾ける時間が大切なのです。
「魯山人やったらなんでもえぇって思ってる人が仰山おるけど、普通の陶芸家だったら世の中に出さんってものも出してくるのが魯山人。人間国宝を辞退した織部でさえ、色がばちっと出てるものもあれば、色が泣いているものもある。でも魯山人は、完璧でないものも美しいと思ったんやろな。だから全員が全部好きなんておかしな話。僕ら料理人は、日本や季節への賛美であったり、食材の生産者の顔が見えるようにと、一皿にいろんなメッセージを込めている。でも受けるほうの知識や感性がないと、今絵本しか読めないのにシェイクスピアを読むみたいなもんで伝わらない。魯山人の『写し』(彼の意匠通りに、他の作家が作ったもの)にしても、彼がもともと好きだった長次郎なんかの桃山時代の作風を理解していないから変なものが生まれる。お金の問題ではなく、ある程度の教養もないと、本当に美味しいものは食べれないんよ」
魯山人の器に盛られた野菜の炊きあわせ(2019)出典: Kikunoi
四季を尊び、先人から学びながらも、遊び心を忘れない。そんな魯山人の美に対する姿勢は、まさに日本食の真髄ともいえそうです。本質を共有しているからこそ、彼の器は今も日本の料理人たちの心をとらえて離さないのでしょう。まるで野に遊ぶ大きな子どもたちが、合言葉を交わしあいながら楽しんでいるよう。では、私たちは彼らと同じように、食を楽しむ準備ができているでしょうか? 一皿に込められたたくさんの想いを受け取れるようになったとき、食は美味を超え、感動に変わるのかもしれません。
協力:
『菊乃井』
SAVOR JAPAN
参考文献:
「魯山人陶説」(北大路魯山人著 平野雅章編 中央公論新社 1992年)
「魯山人味道」(北大路魯山人著 平野雅章編 中央公論新社 1995年改版)
「魯山人の料理王国」(北大路魯山人著 文化出版局 1980年)
「魯山人への手紙」(梶川芳友著 求龍堂 1999年)
写真:中垣 美沙
執筆:大司 麻紀子
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社