“栗の郷”岩間で、日本の栗文化を知る

ほとんどの農作物が一年中手に入るようになった今、本当の旬を味わうことのできる栗は貴重な存在です。

栗「ぽろたん」(2020)農林水産省

モンブランや栗羊羹など、和洋さまざまなスイーツに使われ、正月のお節料理には栗きんとんとして欠かせない栗。上品な甘さとホクホクした食感、その美味しさにファンも多い果実ですが、生の栗が市場に出回るのは9月から10月の限られた時期だけ。ほとんどの農作物が一年中手に入るようになった今、本当の旬を味わうことのできる貴重な存在です。

いわまの栗(2020)農林水産省

日本一の栗の産地である茨城県は、栽培面積・生産量ともに全国一位。保水性・通気性に優れた火山灰の土壌が栗栽培に適しています。中でも県のほぼ中央に位置する笠間市の栗栽培面積は、県内一。その中でも、昔から生産が盛んな岩間地区には、あちこちに栗の木畑が広がっています。この“岩間の栗”でさまざまな栗加工品の生産販売を行う「小田喜商店」を訪ね、“栗博士”とも呼ばれる二代目社長、小田喜保彦さんに話を伺いました。

小田喜保彦さん(右)とかおりさん(左)(2020)農林水産省

小田喜商店の代表、小田喜保彦さん(2020)農林水産省

日本栗の歴史と豊富な種類

日本で栗の栽培が始まったのは、今から5千500年以上も前の縄文時代。青森県青森市の「三内丸山遺跡」の発見によって、当時の人々が集落の周りに栗の木を植林し、安定的な食材としていたことが明らかになりました。栄養価が高く美味しい栗は重要な主食になっていたようです。さらに近年の調査によって、この栗林は1500年もの間、栽培・維持されていたことが判明。つまり、米が主食となるずっと以前から、栗は日本人の生活を支えてきた、いわば日本の原点とも言える食材だということがわかってきたのです。

いわまの栗の絵本(2020)農林水産省

世界には大きく分けて、アメリカ栗、ヨーロッパ栗、中国栗、日本栗(和栗)の4種の栗があり、日本栗は、西洋や中国の栗と比べて大粒で香りが強く、渋皮がむきづらいのが特徴です。品種は100種類以上もあり、甘みが強いものや風味豊かなものなどその特性はさまざま。

栗「筑波」(2020)農林水産省

2006年に国の果樹研究所で開発された新品種「ぽろたん」は、加熱することで簡単に渋皮がむける画期的な栗。1万年続く日本栗の歴史を変えた“奇跡の栗”とも呼ばれ、全国的に普及が進んでいます。成熟期・収穫期も種類によって異なり、最も早い早生品種に「丹沢」、9月下旬から上旬の中生品種「利平(りへい)」、10月中旬から下旬の晩生品種「岸根(がんね)」などがあります。一般的に早生は色味がよく、中生や晩生は甘みの強いものが多いと言われているようです。

いわまの栗 秋の栗農園(2020)農林水産省

同じ茨城県の特産品、「飯沼栗」は最高級の栗として注目されています。一般的な栗とは違い、独自の栽培技術で一つのイガに一粒だけの実をつけるため、通常の栗の3〜4L級サイズの大粒に生長し、その甘さも特徴です。2017年には、栗では日本で初めて「GI」に登録されました。

栗の葉(2020)農林水産省

「岩間の栗」で作られるさまざまな加工品

栗の木畑では、5月から6月、白くフサフサした花が咲きます。花の根元にできた小さな栗の子どもは、夏の間、太陽の光によって大きく成長。緑のイガも立派になっていきます。梅雨が明けると茶色く色づき始め、イガを開くと自然に落果。早いものは8月下旬から、9月を最盛期に10月の下旬まで収穫時期が続きます。

栗のかぶと煮と甘露煮(2020)農林水産省

「栗は鮮度が命です。ある研究結果によると、25℃の場所に一晩置くと、栗の30%が腐敗してしまうのだとか。そのため収穫された栗は、すぐに冷やすか加工用に調理していきます」

小田喜さんによると、栗の食べ方には2パターンがあり、採れたてがいいものもあれば、熟成させた方が美味しいものもあるそう。

栗おこわ(2020)農林水産省

「『採れたてで甘い栗』というのは、実は間違いなんです。栗の実の主成分はデンプン質ですから、採れたての栗は甘くなく、パサパサしています。その代わり、とにかく香りが強い。そしてこの香りは時間が経つほどに薄れていってしまいます」。そんな採れたての栗は、甘露煮や栗きんとん、栗蒸し羊羮などに使うのがおすすめだとか。一方、低い温度で寝かせた栗はデンプン質が糖に変わり甘みが強くなるため、焼き栗や茹で栗、栗おこわなどにして食べるのが正解だと言います。「収穫した栗を0度の冷蔵庫で寝かせると、2週間後には甘さは2倍に、1か月後には3〜4倍にもなります」

小田喜商店オリジナル商品「ぎゅ」と栗のアイスクリーム(2020)農林水産省

小田喜商店では、こうした栗の特性や栗の種類に合わせて、栗本来の味を最大限に生かす加工品を生産してきました。「これまでは、品種や種類を無視して加工しているところが大半でした。例えば『利平』は、デンプン質が多いので甘露煮などにすると割れやすい。ですが茹で栗にすると絶品なんです。こうして一つ一つ食べては試行錯誤を繰り返し、加工適性を見極めてきました」。現在、商品数は20種以上。栗甘露煮や栗ペースト、栗アイス、栗しゅうまいなど定番からオリジナルの新商品まで多岐にわたります。

焼き栗を焼く(2020)農林水産省

自慢の栗おこわは、「ぽろたん」ともち米、塩、というシンプルな材料だけで作ります。「塩も岩塩など癖の強いものではなくいたって普通のもの。栗とお米を一緒に炊いているから、風味がご飯にしっかり移る。栗が出汁の代わりになるんです」。栗と砂糖だけを使ったお菓子「ぎゅ」は、人気商品の一つ。収穫時期以外に観光に訪れた人にも岩間の栗のおいしさを味わってほしいという思いから作ったのだとか。

いわまの栗を使った焼き栗(2020)農林水産省

「栗はもともと美味しい100点満点の果物なんです。だから何か手を加えるたびにその点数は下がっていく。手を入れすぎてしまえば香りも味も台無しになってしまう。その塩梅がとても難しいんです」

いわまの栗(2020)農林水産省

日本の栗文化を受け継いでいくために

「岩間の栗」の知名度が上がる一方で、栗農家では高齢化が進み、耕地面積や生産量も年々減少傾向にあるといいます。また、栗をたくさん採るために品種改良してきた結果、栗の木の寿命も短くなっていると小田喜さんは言います。「農業にも変革が求められているのではないでしょうか。これまでは少ない面積でより多くの収量を得ることだけを考えてきましたが、これからは農地を荒らさず、自然界と共存しながら栗栽培を続ける方法を探る時代。そうした中でこそ、本来の栗らしい栗の味に近づくことができるのかもしれません」

剥き子さんによる栗剥き 熟練の技(2020)農林水産省

また、小田喜商店では、加工品に使用する栗の鬼皮や渋皮をむく作業を“むきこさん”たちが行っています。こうした栗むきの技術は生産地ならではのもの。しかし、昭和40〜50年代にはたくさんいた“むきこさん”の数も高齢化により減少しているといいます。

「縄文時代から日本人の生活を支えてきた栗は、特別な存在です。そんな栗の文化の継承は栗の産地がやらなきゃいけない。『三内丸山遺跡』では1500年もの長い間、栗栽培を続けることができました。岩間の栗もこの先、千年、万年と受け継がれていくように、私たちはその驚くべき技術を見直すべきです。茨城県がもう一度、栗の文化を作り直していけたらいいですね」

栗「ぽろたん」(2020)農林水産省

提供: ストーリー

協力:
小田喜商店

撮影:上澤 友香
執筆:秦 れんな
編集:林田 沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
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