都市に埋め込まれた小さな住宅から自然の中に伸びやかに展開する公共建築まで、規模も環境も様々な建築を手がけてきた安藤忠雄。
なかでも教会や寺院などの祈りの空間は、近代建築が発展させた幾何学的な空間構成を継承しつつ、自然といかに共生するかという安藤の目指す建築観が強く反映されている。
水の教会
水の教会(1988) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
雄大な自然の風景を背に水面に立てられた一本の十字架。季節や時間とともに刻々と変化する水面に対し、いつまでも変わらずに佇む十字架が美しいコントラストを成す。
北海道の豊かな自然を体感できる「自然と一体化する装置としての建築」として、安藤はこの教会を構想したという。
水の教会(1988) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
アプローチとなるL字型の壁と二つの正方形の建物が広大な大地を幾何学によって切り取り、人々の感覚を研ぎ澄ます。
たどり着いた礼拝堂では、ガラス引き戸によって内外がダイナミックに一体化する。十字架のさらに先へと広がる水面が、建築と自然がひとつながりとなった風景を生み出す。
六甲の教会
六甲の教会(1986) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
すりガラスのヴォールト天井から差し込む柔らかな光で満たされたコロネード(柱廊)。筒状の空間を通り抜ける心地よい風を感じつつ、礼拝堂へと向かう。
周囲の樹木をなるべく傷つけないように慎重に配置された建築は、礼拝堂、鐘楼、コロネードと自立したL字型の壁から構成される。
六甲の教会(1986) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
コンクリートで囲われた礼拝堂の内部はコロネードとは対照的に、開口部から差し込む光による明暗が、空間に心地よい緊張感を与える。
光の教会
光の教会(1989) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
暗闇の中に光り輝く十字架。かつて安藤が憧れたロマネスクの修道院のように、正面の十字の開口部からの限定された光の空間。
光の教会(1989) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
光は神の普遍の存在を示すと同時に、季節の変化や天候によって刻一刻と変化し、コンクリートの室内に多様な光の表情を生み出す。
光の教会(1989) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
新しい礼拝堂を願う信者たちの信仰心に加え、建設に関わった多くの人の想いによって完成した教会には、今日も人々が集い、静かに祈りを捧げている。
本福寺水御堂
真言宗本福寺水御堂(1989) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
教会における光が神の存在を示すものであるとすれば、寺院建築における光は何を表すのだろうか。初めて手がけた寺院建築で安藤が示したのは「西方浄土のごとき光」だった。
真言宗本福寺水御堂(1989) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
光は無色透明ではなく、さまざまな色に染まる。そこで安藤は、浄土があるとされる西方からの光を本堂に取り込み、朱色に塗られた壁や柱に反射させることで、空間を朱く染めた。
真言宗本福寺水御堂(1989) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
本堂は睡蓮が浮かぶ楕円形の池の下に収められている。木造の大屋根という寺院建築のイメージをくつがえし、周囲の環境と一体化したランドスケープ。伝統よりも現代における精神性の継承が試みられた。
南岳山光明寺
南岳山光明寺(2000) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
250年余り続く寺院の建て替えにあたって安藤が考えたのは、水面に浮かぶ柔らかな光に包まれた木の御堂というコンセプトだった。
本堂は集成材を用いた現代的な構法で建てられているが、日本の伝統的な「組木(くみき)」を思わせる簡素な構造美の表現は伝統建築の精神を引き継いでいる。
南岳山光明寺(2000) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
本堂の周囲に取り付けられた木格子スクリーンと、その外側の細かいピッチの縦格子の外壁が、周囲の水面に反射した光を柔らかく堂内へと導きいれる。人々が集まるための場としての寺院が目指された。
真駒内滝野霊園頭大仏
真駒内滝野霊園頭大仏(2015) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
ラベンダーが一面に広がる丘。その頂部からのぞく大仏の頭。どことなく浮世離れした光景に思わず目を疑う。
15年前に建立された高さ13.5mの大仏を魅力的に見えるようにしてほしいという依頼に対し、安藤が出したアイデアが大仏の頭部より下をラベンダーの丘で覆いかくすという驚くべきものだった。
真駒内滝野霊園頭大仏(2015) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
丘の内部には大仏の足元へと続くトンネルがあり、薄暗いトンネルを通り抜けると、頭上から差し込む光の中で大仏を仰ぎ見る。
真駒内滝野霊園頭大仏(2015) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
建築というスケールを超えた、壮大なランドスケープを創出する。
ユネスコ瞑想空間
ユネスコ瞑想空間(1995) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
ユネスコ設立50周年を記念して建設された、あらゆる宗教、宗派を超えた世界平和のための祈りの空間。
空間としての根源的な強さを求め、徹底的に要素を削ぎ落とすことで生まれた。「世界はひとつ」というコンセプトを体現する円筒形の空間。天井に僅かに開けられたスリットから射し込む光が人々の心に働きかける。
ユネスコ瞑想空間(1995) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
訪れる人々が平和について考えてほしいとの願いから、床や周囲の水面の底には広島から運ばれた被曝石が敷き詰められている。
ユネスコ瞑想空間(1995) - 作者: 安藤 忠雄出典: Tadao Ando Architect & Associates
徹底してミニマルな構築物の中に、抽象化された自然が導き入れられることで生まれる「精神の空間」。そこに人々は集い、その祈りと想いを空間が受け止める。
執筆:川勝真一
編集:和田隆介
ディレクション:neucitora
監修:安藤忠雄建築研究所