美しく煌めく「若狭塗箸」古くから息づく匠の技

日本人の食事にとって欠かせない存在といえば「箸」。いつから使われていたかは諸説ありますが、その歴史は長く、日本人がいちばん使う道具として、物心ついた頃からいつも身近にあります。近年その存在は、世界に広まっている日本の食文化のひとつではないでしょうか。 材質や形状など、さまざまなバリエーションの箸がありますが、“宝石塗”とも呼ばれる、美しい佇まいの箸があります。福井県小浜市の伝統工芸品、「若狭塗箸」です。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

重厚さと独特の風格漂う若狭塗

400年の歴史を持ち、古くから公家や武家、商人たちにも愛でられたという若狭塗は、慶長年間(1596~1615年)、小浜藩の漆塗師・松浦三十郎が中国の漆芸をヒントに、小浜湾の美しい海底を図面化して製作したことがはじまりだといわれています。

箸やお盆、食器などさまざまな用途のものが作られていますが、特に漆を塗った漆箸は、江戸時代に全国各地でその素晴らしさが知られるようになったといいます。昭和53年(1978年)には若狭塗が日本の伝統工芸品として指定され、美術品として珍重されながらも、水や熱に強いことから日用品としても全国に広まり、現在でも日本一の生産量を誇ります。

若狭塗箸出典: wakasa-nuri lacqured chopsticks

そのきらめきは、まるで昔も今も変わらず豊かな自然が残る、若狭の美しい海中風景が浮かび上がってくるかのよう。美しい模様は、卵の殻や貝殻、金箔などを色とりどりの色漆で塗り重ね、研ぎ出され、ひとつひとつ職人の手によって丁寧に仕上げられたもの。一つとして同じものがない若狭塗には、熟練の職人技が凝縮されているのです。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸を手にとってみると、とてもなめらかな手触り。細くちいさなスペースにちりばめられた装飾から、職人の繊細な技がうかがえます。この箸は美しいだけでなく、丈夫で年月を経てもその美しさが保たれるため、日常でも長く大切に使いたい気持ちが自然と沸き起こってきます。

若狭塗箸 伝統工芸士の羽田浩一さん(2019)福井県小浜市

若狭塗りは最短でも半年という時間をかけて作られます。その工程は大きく分けても20段階あり、全てを一人の職人が一貫して行うため、それぞれの職人の個性が強く現れることも魅力のひとつといえるでしょう。

今回、若狭塗箸作りの工程を教えてくれたのは、羽田漆器店の伝統工芸士、羽田浩一さん。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

14代続く羽田漆器店の当主として工芸品を作りながら、小浜市にある「若狭工房(おばま食文化館内)」の伝統工芸体験や、地元の学校での出前授業などを通じて若狭塗の普及にも取り組んでいます。それではさっそく、若狭塗箸がどのように出来上がっていくのかをみていきましょう。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

箸となる木地には、ケヤキ、サクラ、クリ、トチなどの堅牢な木材を使用します。まずは木地を整えていくことから作業が始まります。「刻そづめ」「布着せ」「地の粉つけ」「下地錆つけ」「錆研ぎ」といった下準備の工程を行った後、生漆を塗っていきます。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

同じ漆でも、夏と冬では漆そのものの質感が違ってくるため注意が必要だと羽田さんは話します。冬の固くなった漆は、温めて柔らかくして使うなど、長年の感覚でその微妙な調整を行うのだといいます。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

自然のものを材料に

煌めく模様となる材料を、ひとつひとつ丁寧に付けていきます。「若狭塗の模様に使う材料は、卵の殻を砕いたものや、貝殻、菜の花の種など、昔から自然の材料を使っています。お盆などの大きなものを作る時には、松やヒノキの葉を使うこともありますよ」。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

自然のものであればなんでも使えるのだと笑顔で話す羽田さん。きらめく模様の正体は、すべて身近にある自然から生まれていたとは驚きです。羽田さんは手慣れた様子でスピーディに作業を進めていきますが、その様子はまさに職人の技。とても緻密で繊細な手仕事です。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

しっかりと乾燥させることも重要な工程。漆が乾くまでには、約1週間ほどを要します。模様となる材料を付け十分に乾燥させたら、「合い塗り」といって赤や黄色、緑といったさまざまな色漆を重ねて塗ります。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

色とりどりの鮮やかな色漆は、ベースとなる茶色や黒色の漆に色粉を混ぜ合わせてつくるのだそう。そのように幾重にも塗られた漆もまた、研ぎ出した際に浮き上がる美しい模様をつくりだしているのです。何層にもなる重なりから生まれる若狭塗の美は、“断層の美”ともいわれています。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

研ぎ出しによって中に秘められた凹凸模様をすこしずつ表面にだしていきます。研ぎが甘ければ模様は活きず、研ぎすぎてもいけない、ここでも熟練の技が光ります。模様の出具合により砥石を変え、時間をかけて慎重に研ぎだします。すると幾重にも塗り重ねられた漆の層から、美しい模様が浮かび上がってきます。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

そこからさらに、石研ぎの際にできたキズを埋める「艶塗り」さらに滑らかにするため「墨研ぎ」「砥の粉磨き」「角粉磨き」「仕上げ磨き」を行います。このように塗りと研ぎを何度も繰り返し、磨き上げることで、若狭塗独特の光沢と艶が生まれるのです。

若狭塗箸(2019)福井県小浜市

若狭塗箸出典: wakasa-nuri lacqured chopsticks

若狭塗の職人になるには、最低でも5年ものの修行が必要なのだといいます。「近年、従事者の高齢化と後継者不足により、若狭塗を作る職人は減り続けている状況。時代の変化を感じていますが、この400年続いてきた伝統を絶やさないためにも、次世代の後継者を育てていきたいと日々活動しています」。そう力強く語る羽田さんの言葉には、未来に残したい伝統文化への熱い想いが込められています。

伝統として守られてきたものの中にこそ、真髄がある。若狭塗は、「食べる」ということに向き合い大切にしてきた人々の暮らし、そして自然とともに生きてきた日本人の生き方そのものを今に伝える、貴重な存在なのかもしれません。

提供: ストーリー

協力:
若狭塗伝統工芸士 羽田漆器店14代目 羽田浩一氏
御食国若狭おばま食文化館
小浜市

写真:中垣美沙
執筆・編集:林田沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
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