ヴェルサイユ宮殿の 14 の秘密

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View of the palace and gardens of Versailles, seen from the avenue de Paris(1668) - 作者: Pierre PatelPalace of Versailles

1661 年、ルイ 14 世はアンドレ ル ノートルに手の込んだ庭園の設計と造営を依頼しました。これは完了までに 40 年を要するプロジェクトとなりました。パリ中心部から 20 km の距離にあるヴェルサイユ宮殿はユネスコの世界遺産に登録されており、2017 年の 1 年間だけで 770 万人もの観光客が訪れました。

何世紀にもわたって王室の何代もの君主が暮らしたヴェルサイユ宮殿には豊かな歴史があり、この地を訪れる歴史ファンを 17~18 世紀の豪華な宮殿の暮らしの日々へとタイムスリップさせます。そこには宮殿のイメージをさらに豊かにする、たくさんの信じられないストーリー、一風変わった事実、興味深い出来事が埋もれています。有名なものからあまり知られていないものまで、この素晴らしい宮殿にまつわる 11 の秘密をお楽しみください。

Louis XIII(1600/1650) - 作者: Jean Morin after Philippe de ChampaigneNational Gallery of Art, Washington DC

宮殿はもともと狩猟小屋だった

ヴェルサイユ宮殿の始まりは極めて質素なものでした。狩猟を好んだルイ 13 世(1601~1643)がこの土地を購入し、日没までにパリやサン ジェルマン アン レーに戻れない場合に夜を明かす狩猟小屋として使う城を建てたのが始まりです。後にルイ王家はこの城を拡張して土地をさらに購入し、それが 1660 年代から 1670 年代にかけてルイ 14 世がヴェルサイユを宮殿に変えることへの道を拓きました。さらに 1682 年にルイ 14 世はフランス政府と宮廷をこの地に移しています。一時には、ヴェルサイユ宮殿の大きな居住部分には 5,000 人以上を収容できたと言われています。

The Orangery, Estate of Versailles(Jules Hardoin-Mansard)Palace of Versailles

庭園の強烈な匂いで来訪者の気分が悪くなることがあった

ヴェルサイユ宮殿の庭園の広さと見ごたえは世界でも有数で、372 体の像、55 か所の水盤、600 個の噴水があり、送水管の長さは 30 km を超えています。長年にわたって、何十万もの草木や樹木が植えられ続けてきました。このような要素が見事な庭園を形作っていましたが、17 世紀にはトリアノンのこうした花から出る匂いが強すぎたために、気分が悪くなった来訪者が帰らざるを得ないこともありました。

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鏡の間を造営するために鏡職人が引き抜かれた

ヴェルサイユ宮殿の鏡の間は 1678 年に建築家ジュール アルドゥアン マンサールによって造営が開始され、宮殿の注目すべき特徴のひとつとなりました。鏡の間には鏡が 357 個ありますが、鏡はその当時極めて高価な物でした。鏡の製造はベネチアが独占していましたが、フランスはなんとかベネチアから引き抜いた鏡職人を国内に連れてきて、宮殿に使用する特注の鏡を製造させました。ベネチアの政府は製造の独占維持と製法の流出防止のために、職人の動向を監視するとともに、違反者は死刑という罰則を設けて職人がベネチアから出ることを禁じていた、と言い伝えられています。

The Signing of Peace in the Hall of Mirrors, Versailles, 28th June 1919(1919) - 作者: Orpen, William (Sir) (RA)Imperial War Museums

ヴェルサイユ条約は鏡の間で調印された

長年にわたり、鏡の間ではたくさんの豪華な催しが開かれてきました。特 別な機会には 2 万本ものキャンドルで室内が照らされ、その姿を「光の回廊」へと変えていました。一方で、鏡の間は歴史上の重要な瞬間の舞台ともなってきました。なかでも大きなものがヴェルサイユ条約の調印です。ヴェルサイユ条約は、ドイツと連合国との戦争状態を終わらせて第一次世界大戦を終結に導いた重要な平和条約であり、1919 年 6 月 28 日にヴェルサイユ宮殿で調印されました。この日は、戦争の直接の引き金となったフランツ フェルディナント オーストリア大公の暗殺からちょうど 5 年後でした。

Reception honouring J. F. Kennedy, President of the United States(1961/1961) - 作者: Fonds de l’agence d’architecture de VersaillesPalace of Versailles

調理室とダイニング ルームが遠すぎたため、王様は冷めた料理を食べていた

宮殿が広大とはいえ、建築家は調理室とダイニング ルームの間の距離を見落としていた可能性があります。5,000 人以上が食事をとることもあり、その全員に給士するには何百人もの使用人が必要でした。残念なことに、王様の席は調理室からかなり離れていたため、通常、王様に提供される料理は冷めていました。ついには、18 世紀にルイ 15 世が自身のプライベート アパートメントに専用の調理室を設置しました。

Temple amourPalace of Versailles

マリー アントワネットは庭園内にロマンチックな秘密の隠れ場所を持っていた

ルイ 16 世の王妃であるマリー アントワネットは「プチ トリアノン」と呼ばれる離宮を与えられていました。彼女はこの離宮を隠棲の場として使用しました。この場所には劇場や農地があり、新鮮な野菜や乳製品が作られていました。また、円形に配置された列柱の中央にキューピッド像が置かれた「愛の殿堂」があり、マリー アントワネットはその近くに秘密のほら穴を作らせました。そこは植物が生い茂る、人目につかない洞窟のような場所でした。そこには苔のベッドと 2 か所の入り口があったと言われています。この場所の真の目的が明らかになったことはありませんが、密会には最適の場のように思われます。

Marie-Antoinette with the Rose(1783) - 作者: Louise Elisabeth Vigée-LebrunPalace of Versailles

View of the Menagerie(Editors Esnauts & Rapilly and Jean-François Daumont)Palace of Versailles

ヴェルサイユ宮殿には王室の小動物園があった

ヴェルサイユ宮殿が一度に数千人を収容したことはよく知られていますが、かつてこの宮殿に、世界中のさまざまな種類の野生の動物や鳥類の放飼場があったことはご存じでしょうか。この宮殿の本来の機能の 1 つは、建築家ルイ ル ヴォーによって念入りに作られた放飼場でした。これは、動物をそれぞれの種ごとに、特別に作られた個別の囲いに分けて入れた最初の施設であり、ラ メナジュリの中央パビリオンのバルコニーから見ることができました。この形式と手法はすぐにヨーロッパ全体に広まり、後にこの種の放飼場は動物園と呼ばれるようになりました。

Experience of hot-air balloon by Mr Pilâtre du Rosier at Versailles(Editor Esnauts & Rapilly)Palace of Versailles

宮殿は科学研究で重要な役割を果たした

この宮殿は言うまでもなく贅沢と豪遊の場でしたが、科学研究においても重要な役割を果たしました。啓蒙時代、ルイ 15 世とルイ 16 世はいずれも科学に情熱を傾けてさまざまな器具を収集し、そうした器具は特に測時学、天文学、地図学の実験で利用されました。宮殿の庭園内に広大な放飼場を作ったことにより、動物学の研究が盛んになりました。研究者たちは数多くの動物の解剖を実施し、ヴェルサイユで行われた研究活動は後に獣医学校の開設への道を拓きました。また、広大な庭園のおかげで植物学と農学の分野も発展しました。庭園はかつて、パイナップル、バニラ、コーヒーといった世界中の 400 種類もの植物で構成されていました。

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王の門はフランス革命時に破壊された

宮殿の門の外で多くの市民が貧困と飢餓に苦しむなか、宮殿の内部は豪華さと贅沢さが保たれていたため、フランス市民が最終的にヴェルサイユ宮殿に憎しみを向けたのは当然のことでしょう。特にその浪費ぶりから、マリー アントワネットの贅沢なライフスタイルは憎しみの的となっていました。1789 年に始まったフランス革命中に、フランスの革命政府は全体が金で装飾されていた正門の取り壊しを命じました。この門は 2008 年に復元され、10 万枚の金箔で装飾されています。

Still life with the bust of America(1722/1722) - 作者: J.-B. Oudry - Palace of VersaillesPalace of Versailles

人気の飲み物はホット チョコレート

ヴェルサイユ宮殿では豊富な食べ物と飲み物が絶え間なく提供されていましたが、ルイ 15 世が好んだ飲み物はホット チョコレートでした。そして、王のお気に入りは万人のお気に入りになりました。当時のホット チョコレートは珍味のひとつであり、王族の風変わりな選択と考えられていました。当時、チョコレートには催淫効果があると言われており、もちろん、王様も来訪した愛人たちに何杯ものホット チョコレートをふるまいました。時には自ら作ることもあったそうですが、その時代に国王がそうした世俗的な作業を行うことは前代未聞でした。マリー アントワネットもまたホット チョコレートに魅了された一人です。1770 年にルイ 16 世と結婚したとき、彼女は宮廷に専属のチョコレート職人を連れて来ました。この職人の肩書は「王妃専属チョコレート職人」という極めて珍しいものでした。

Louis XIV’s bedroom at the Palace of Versailles(1870/1899) - 作者: Collection Malitte-RichardPalace of Versailles

室内用便器は銀で作られていた

幸運にも、王族のそれぞれの自室には押入れがあり、そこにある種のトイレ椅子が設置されていました。トイレ椅子の座面には穴が開いていて、その下に室内用便器を置く構造になっており、使用人が巡回時に室内用便器を交換していました。それ以外の人たちも室内用便器を持っていましたが、そうした人たちは必ずしも個室を持てる地位とは限らなかったため、宮殿中の部屋の隅には数多くの室内用便器がそのまま置かれていました。これ見よがしに贅沢の限りを尽くしたヴェルサイユ宮殿では、室内用便器でさえも銀で鋳造されていました。室内用便器は豪華なものでしたが、トイレ設備が明らかに欠如していたため、来訪者と使用人でいっぱいの宮殿には悪臭が漂うことがよくありました。後にルイ 15 世の時代に、王のプライベート アパートメントに「トワレ ア ラングレーズ(英国式トイレ)」と呼ばれる設備が設けられました。

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