ゆりかごで育つ高級スイカ「ルナピエナ」

寒い冬に食べられる、日本でも珍しい高級スイカがあることをご存知ですか?

市中繁栄七夕祭(2020-07)農林水産省

蚊取り線香の煙、騒々しいセミの鳴き声。風鈴の音を聴きながら、冷えたスイカを家族で分け合って食べる。古き良き日本の夏の情景です。夏といえばスイカ、スイカといえば夏。多くの日本の人々にとって、スイカは夏を象徴するフルーツです。

ルナピエナ(2020-07)農林水産省

スイカは夏だけのもの?

しかし、「スイカといえば夏」というイメージを裏切る、冬に食べられるスイカがあると聞けば、驚く人も多いはず。「スイカは暑い夏に食べてこそ美味しいものだ」という声が聞こえてきそうですが、固定観念で判断するのはもったいない。高知で育つ冬のスイカ「ルナピエナ」は、豊かな甘さと旨味を持つ高級スイカなのです。

夜須町の風景(2020-07)農林水産省

冬のスイカが育つ夜須町

「ルナピエナ」の正体を知るために、産地である高知県を訪れましょう。高知県の東部にある「夜須(やす)町」は、古くから漁業と農業が盛んな町。江戸時代の初期に作られた「手結(てい)港」は当時最大規模の港で、多くの漁船や帆船が出入りし、山手では台地地形と長い日照時間を生かした農業が行われてきました。

スイカの出荷(2020-07)農林水産省

JA高知県夜須支所の石原浩信さんは「夜須は、古くからサツマイモの名産地として知られていました」と言います。

「夜須町は日照時間が長く、スイカやサツマイモといった温暖な地域が原産の食物が育てやすいんですね。とりわけ町内の手結山(ていやま)地区は、地下水が少なく水ぎれのいい土壌。そういった気候風土に合っていたサツマイモは、江戸時代から大阪などの都市圏に出荷され、『夜須の芋はうまい』と評判だったそうです」。
-
「古くから藁や油を染み込ませた紙を使った温度管理を行うなど、栽培方法の研究も盛んで、このような技術は、スイカ栽培においても早くから導入されていました」

土壌と気候を生かした作物を、大切に手をかけて育てる。そんな夜須町の伝統は、現代にも受け継がれています。

スイカ生産地の風景(2020-07)農林水産省

夜須町の高級フルーツ「トレフルッタ」

夜須町名産のフルーツといえば、「トレフルッタ」(イタリア語で3つの果物)と呼ばれるスイカ、メロン、トマとの3つ。どれも甘みと旨味の強い、高級フルーツです。

夜須のエメラルドメロン(2020-07)農林水産省

夜須のエメラルドメロン

1992年5月に市場にデビューした高級メロン。5月の誕生石にちなんでこの名がつけられました。高い糖度を引き出すため、収穫されるのは1本につき1玉のみ。大切に手をかけて育てられる、甘く美しいメロンです。

夜須のフルーツトマト(2020-07)農林水産省

夜須のフルーツトマト

日照時間の長さを生かし、太陽をいっぱいに浴びて育つ小ぶりなトマト。皮はパリっと薄く、中は濃厚でジューシー。与える水分を制限して果実が持つ甘みを引き出しています。収穫量は通常のトマトの約1/3に絞られますが、その甘みは驚くほど。

ルナピエナ(2020-07)農林水産省

ルナピエナスイカ

夜須町の高級スイカ。中玉スイカの出荷は10月下旬から3月下旬頃、大玉スイカは4月下旬から6月下旬頃。全国的にも珍しい、冬でも食べられるスイカです。

ルナピエナ(2020-07)農林水産省

冬のスイカはゆりかごで育つ

ルナピエナが作られるのは全国で夜須町だけ。しかも生産者はたった5人と、とても貴重なスイカです。その5人の生産者のうちのひとりで、38年間専業農家としてスイカを育ててきたのが、JA高知県香美地区園芸部西瓜部会部会長を務める松本高雅さんに話を聞きます。

「スイカはフルーツの中でも特に多くの光が必要な作物です。そのため、より多くの光を浴びさせるため、夜須地域では『空中立体栽培』という栽培方法を行っています。紐でスイカを1玉ずつ空中に吊るしていくのですが、それがゆりかごに見えるわけです。夜須は日照時間が長い土地ですが、空中で育てることでより多くの面から光を与えることができるんです」。

空中立体栽培(2020-07)農林水産省

特にスイカの空中立体栽培は日本国内でも珍しく、1967年頃、夜須町で始まった取り組みだと言われています。また、ルナピエナとはイタリア語で「月が満ちる」という意味。夜空に浮かぶ満月が満ちるように、空中で1玉ずつ大切に育てられることから、この名がつけられました。

「ルナピエナは1苗につき1玉だけしか育てられません。その分収穫できる量は減りますが、栄養が凝縮され、甘みの強い美味しいスイカが生まれるんですね。夜須町は広い平野がなく農地が限られているので、大規模な生産は難しいです。量ができないなら、1玉ずつ手をかけて品質の高い高級なものを作ろうと」。

ルナピエナの出荷(2020-07)農林水産省

ポーンポーンと響く食べごろの音

スイカが収穫できるのは、冬場なら苗を植えてから80日ほど。65日を超えた頃、松本さんはゆりかごに包まれたスイカを手で叩きはじめます。これは、夜須町に昔から伝わる、スイカの食べ頃を調べる方法。

「未熟なものを叩けば高い音が響き、熟すにつれて低くなっていくんですよ。もしスイカの中に空洞があれば、ドスドスという詰まった音になりますから、それは良くない。叩いてポーンポーンときれいに響けば、身が詰まっていて熟した美味しいスイカだという合図なんです。この音の微妙な具合は、親の代に教わってね。出荷する際にも、私たち生産者が出荷場に集まって、もう一度叩いて音を聞くんですよ。不良がないか、熟期は確かか。生産から出荷まで、大切に面倒を見るんです」

ルナピエナの出荷(2020-07)農林水産省

1年の感謝を込めてスイカを贈る

JA高知県夜須支所に務める石原浩信さんは、初めてルナピエナを食べたときの感想をこう語ります。「それまで食べていたスイカとは別物だと思いましたね。あまりに美味しくて驚きました。全く青臭さがないし、旨味がすごい。食べた後もずっと口の中に香りの余韻が続くんです。成分調査でも、ルナピエナはスイカの中でもグルタミン酸を多く含むと結果が出ているんですね。冬でもこんな美味しいスイカが食べられるとは驚きました」。

ルナピエナの収穫(2020-07)農林水産省

冬でも食べられる珍しいスイカということから、ルナピエナは冬の贈答フルーツとしての需要も多いと言います。日本には、日ごろお世話になっている人に1年間の感謝を込めた年末の贈り物をする「お歳暮」の風習があります。お歳暮として贈られる品物は、お酒や海産物などと並んで、高級フルーツも人気なのです。

生産者の松本さんは「一度食べてみてください。本当に美味しいですから」と自信をのぞかせます。「冬のスイカって珍しいでしょう? 夜須以外で、地域として生産に取り組んでいるところは、ほとんどないんじゃないかと思います。やはり、スイカといえば夏のものですが、冬にも需要はあるんです。毎年この時期のスイカを楽しみにしてくれてる方もいらっしゃいますから。最初はみなさん『冬のスイカなんて、味はたいしたことないでしょう』と思われるんですよ。でも実際に食べたら『美味しい!』と、リピーターになる方も多いんですよ」

空中立体栽培(2020-07)農林水産省

進化する冬スイカ

松本さんに美味しいスイカを育てる秘訣を聞くと「塩梅ですね」との答え。「スイカって、本当に繊細なんですよ。水や肥料をやりすぎても足りなくてもだめ。天候や気温によっても調整しないといけません。特に日照時間の短い時期に育てるルナピエナは特に難しい。その分、いいものが作れたときは本当に嬉しいです」

松本高雅さん(2020-07)農林水産省

「私は夜須で生まれ育ち、小さい頃からよくスイカを食べていましたが、今思うとあの時代のスイカってまだまだ美味しくなかったですね。やっぱり、生産技術も進化してるんです。私たちも毎年より美味しいものを作ろうと試行錯誤して、やっと自信を持って美味しいものが作れるようになったんです」

1玉ずつ愛情を込めて育てられる夜須町のルナピエナ。生産者たちの努力の積み重ねが、冬の難しい条件を超えて楽しめる美味しいスイカを生み出しました。そして、もちろん、夜須のスイカは、今も毎年より美味しく甘く、進化を続けているのです。

提供: ストーリー

協力:
JA高知県・JA高知県香美地区園芸部西瓜部会

写真:七咲友梨(一部提供)
編集・執筆:山若 マサヤ
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
もっと見る
関連するテーマ
奥深き日本の食文化を召し上がれ
日本の特徴的な気候や地形、そして先人達の知恵によって「日本食」は出来上がりました。
テーマを見る
Google アプリ