広島と世界を繋ぐ「けん玉」

ヒロシマはもはや悲劇だけを象徴する地ではないと、日本の伝統的な玩具である「けん玉」が証明してくれる。発祥の地である広島から届いた、奥深くも楽しく美しい、「けん玉」カルチャーへようこそ!

イワタ木工のけん玉オブジェ「GRAIN」(2023-06)出典: ©︎ 株式会社 イワタ木工

大正時代より日本中で愛されてきた玩具といえば、「けん玉」。しかし今日、この「けん玉」は単なる「おもちゃ」に留まらない。ときに仲間と技術を高め合うツールとして、あるいは唯一無二の美術品として、新たな時代を迎えていると言ったら驚くだろうか?

回転、静止、ジャグリングなど、テンポよく技を決めるIKKI選手(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

向かったのは、西日本に位置し、瀬戸内海をのぞむ広島県。かつて原爆で壊滅的な被害を受けたこの地には今、水と緑をたたえた街並みと、人懐こい笑顔をもつ人々が待っている。実はここ広島は、「けん玉」の発祥地。

廿日市市木材利用センターでつくられるけん玉(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

もともと「ビルボケ」に代表されるボールと柄を糸でつないだ玩具はヨーロッパにもあり、江戸時代には日本でも遊ばれていた。しかし職人の江草濱次(えぐさはまじ)により、現在の柄の左右に受け皿をもつ形が着想されたのは1918年。その3年後、彼が広島の廿日市(はつかいち)市で製造を始めたのが全ての始まりだ。

廿日市市木材利用センターでつくられるけん玉(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

そのとき作られたのが、「日月(にちげつ)ボール」(写真右)。その名の通り真っ赤に燃え盛る太陽のようなボールと、三日月型に削った受け皿を組み合わせたデザインは、宇宙を表しているようでロマンティックですらある。
 
何度かの全国的ブームのあと、産業の衰退も経験したが形は進化。2011年から市内のすべての小学一年生に配布されるまでに、廿日市でも存在感が復活したそう。

廿日市市木材利用センター 内観(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

しかしなぜ、廿日市市が「日月」ボール生産の地として選ばれたのだろう? 地元の方々に愛される木工体験施設であり、「けん玉」製造も行う『廿日市市木材利用センター』でヒントを探してみた。

廿日市市木材利用センター 木工職人の鍋谷一也さん(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

木々が集まる、廿日市の利

なんとお手製というデニム地のエプロンをまとった職人、鍋谷さんが心地よい広島弁の響きで迎えてくれる。
 
「ここは、もともと木が集まる場所じゃったんよ。中国地方の山からくる木材の集積地だったから、木材の加工技術やろくろ細工が発展していったんです。(世界遺産である厳島神社で有名な宮島の)宮島細工なんかもその一つ」

「けん玉」の材料となる、山桜(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

「また『けん玉』の材料となる、山桜が近くに多く生えていることも大切な要素。花と葉が同時に咲く山桜の特徴は、硬くて重いこと。『けん玉』で使う木は、柔らかいと割れたりして耐久性がなく、軽すぎると技が安定しないんです。なにより、山桜は音がいいね。僕自身は上手くないけど上手な人の技を見ているとリズムがよくて、響きがとてもいい」

「けん玉」の玉を丸く削る(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

年間2000個も「けん玉」を作るなかで、機械の調整も鍋谷さんの大切な仕事の一つという。
 
「機械の各パーツ自体は珍しいものではないけれど、『けん玉』用にカスタマイズしています。廿日市はもともと建具も作っていたから木工機械は充実していたけれど、『けん玉』のように真ん丸の球を作るにはまた別の機械がいる。例えば作業中に球の先をつかむ『はめ木』(写真)も、すべて手作りなんですよ」

廿日市市木材利用センター 木工職人の鍋谷一也さん(2023-06)出典: 廿日市市木材利用センター

「形も少しずつその時にいいな、と思うものに変化している。例えば最近は、しゅっとした細長いシルエットに変わっていったり。使いやすさはもちろん、見た瞬間の美しさも『けん玉』の魅力ですね」

ウォルナット(クルミ)の木材で作られたオブジェとフラワーベース(2023-06)出典: ©︎ 株式会社 イワタ木工

「木の総合芸術」としての「けん玉」

そんな「けん玉」の美しさを、オブジェの域にまで高めているのが「けん玉」界に革命を起こした『株式会社 イワタ木工』だ。思わず触れたくなる艶やかな木目に、緊張感と落ち着きを併せもった曲線美……。しかも、きちんと競技性も抜群とくる。この機能美の極致をいくカタチが、多くのハイブランドのショールームで飾られているというのも納得。

株式会社 イワタ木工 代表取締役 岩田知真さん(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

同社を率いる岩田知真さんが、その機能美は「チェスと同じ」と説明してくれる。
 
「同じく遊ぶための道具だけれど、造形の美しさもとても大切ですよね。特に僕は昔保育士になりたかったこともあり、美しさを通して『ものの大切さ』を子どもたちに伝えられたらと思っています。子供は正直なので、軽く作られたものだと雑に扱ってしまいますから」

ウォルナット(クルミ)の木材で作られたオブジェとフラワーベース(2023-06)出典: ©︎ 株式会社 イワタ木工

しかし古今東西、美しさを支えるのは卓越した技術。『株式会社 イワタ木工』が誇る高い技術力の裏には、知真さんの父の代に由緒ある書道の熊野筆を作っていたことも関係あるのだろうか?

「そうですね。熊野筆では、誤差の範囲は±0.1㎜。ほぼ全て同じクオリティが求められます。筆は水を吸うと広がるので、指で操るときに大きな違いが生まれてしまうもの。そんな厳しい環境でもの作りをしてきたので、『けん玉』も協会規定では±0.5mmのところ、私たちは±0.2mmの精度で作ると徹底」

けん玉の小皿(2023-06)出典: ©︎ 株式会社 イワタ木工

「精度が高いと、球がすぽっと受け皿にはまるといった、『まぐれの延長線上』にある成功体験が多く作れるんですよ。その『まぐれ』の感覚を再現することで『けん玉』が上手くなり、成功体験を重ねることで自信がつく。私たちが作りたいのは、ただ正確なプロダクトではなく、『真の感動』。そのためにも、『けん玉』自体の価値を高めることが大切だと思っています」

株式会社 イワタ木工 代表取締役 岩田知真さん(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

「例えば私たちが『けん玉』作りを始めた2004年あたりは、いわば産業に悪循環があった。『けん玉』といえば安くて当たり前で、子供たちが精度の低い『けん玉』を使うことで上達せず興味を失い、生産者が減り、業界が小さくなっていたんです。海外でのブームも冷めたとき、やはり残るのは、本当に価値があるもの。オブジェとして美しく加工も非常に困難な木材を使い、高額な製品を発表するのもその一環。『けん玉』全体の価値を高めることができたら、こんなに嬉しいことはないですね」

回転、静止、ジャグリングなど、テンポよく技を決めるIKKI選手(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

若きプレイヤーが描く未来

では、世界が注目するプレイヤーは「けん玉」というカルチャーをどう見ているのだろうか? 世界遺産である原爆ドームの近くで出会ったのは、2022年の「ウッドワンけん玉ワールドカップ」で6位に入賞したIKKIこと大江壱輝さんだ。

広島出身のけん玉プレイヤー、IKKI選手(大江壱輝さん)(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

最も得意なトリックは「ジャグリング」と教えてくれる、この2007年生まれの高校生プレイヤーが実力を発揮するのは「エクストリームけん玉」と呼ばれるジャンル。素人には何が目の前で起こっているのか戸惑うほど素早く複雑に、しかし軽やかに、球が生き物のごとく宙を舞っていく。

(左から)KEN 古田正則さん、IKKI選手(大江壱輝さん)、Dream Kendama オーナーの王 兆鵬さん(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

「最近ワールドカップで上位入賞するのは僕たち10代の選手が多いのですが、アメリカの選手たちに憧れた共通点があります。まさに逆輸入ですね。ソーシャルメディアで彼らが発信する技の動画を見て、シンプルに『かっこいい』と思いました。今は所属するチームのコーチからアドバイスをもらったり、選手のみんなと技を見せあいながら練習を重ねているところ」

「ウッドワン けん玉ワールドカップ廿日市2022」予選を勝ち抜いた参加者たち(2023-06)出典: ©︎ 一般社団法人グローバルけん玉ネットワーク

コロナ禍でのオンライン開催を経て2022年にオフラインで復活したワールドカップの舞台は、けん玉発祥の地といわれる、広島の廿日市市だ。参加したのは、13の国と地域から総勢725名。しかも出場者の最年少は2歳、最年長は84歳という点からも、「けん玉」の懐の深さがうかがえる。

「ウッドワン けん玉ワールドカップ廿日市2022」ステージパフォーマンスの様子(2023-06)出典: ©︎ 一般社団法人グローバルけん玉ネットワーク

「これだけ同じものを好きな人たちがいると感じられるワールドカップは、やはり特別。決勝では大勢の人の前で時間内に技を決めなくてはならず、メンタリティも鍛えられる。『けん玉』には、スケートボードのようにお互いを讃え合い、リスペクトする雰囲気があるんですよ。そんな皆が広島に集まってきてくれたのも、嬉しかったですね」

「けん玉ワールドカップ」を開催するグローバルけん玉ネットワーク代表の窪田 保 (くぼた たもつ)さん(2023-06)出典: ©︎ 一般社団法人グローバルけん玉ネットワーク

「けん玉ワールドカップ」に参加する子どもたち(2023-06)出典: ©︎ 一般社団法人グローバルけん玉ネットワーク

広島出身のけん玉プレイヤー、IKKI選手(大江壱輝さん)(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

「原爆と『けん玉』は、広島にとって陰と陽」とは、IKKIさんが所属するチーム、KENを率いる古田さんの言葉。つらい記憶を持つこの街に、楽しさをもたらすのが「けん玉」なのだ。
 
IKKIさんも、「やはり『けん玉』は広島発祥。いつかオリンピック競技になれるよう、地元の広島出身プレイヤーとして盛り上げたいという想いがある」と意気込みを見せる。

「けん玉」を肩にかけるIKKI選手(2023-06)広島県観光連盟(HIT)

最後にこれからを感じさせる、些細な、けれど確信めいたエピソードを紹介しよう。IKKI選手によると「けん玉」の持ち運び方にもこだわりがあり、自分の「けん玉」を首にかけるのではなく、肩にかけるのがクールらしい。憧れのアメリカ人選手を真似したのが始まりと、楽しげに教えてくれる。
 
仲間と影響し合いながら、自らのスタイルを追求する「けん玉」という道。その先に、広島の頼もしい未来を感じるのは私だけではないはずだ。

提供: ストーリー

取材協力:
KEN / Dream Kendama
廿日市市木材利用センター
株式会社 イワタ木工
一般社団法人 グローバルけん玉ネットワーク
 
写真提供:一般社団法人 グローバルけん玉ネットワーク
 
撮影:阿部裕介(YARD)
執筆・翻訳:大司麻紀子
編集:林田沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
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