400年前の京都を散歩 ―洛中洛外図屏風―

堺市博物館所蔵の洛中洛外図屏風は、天下統一を果たした豊臣秀吉の没後、政権が徳川へと移った頃の17世紀初頭の景観を描く。
屏風の中の400年前の京都のまちを散歩してみよう。

洛中洛外図屏風(右隻)(17th century (Edo period))出典: Sakai City Museum

右隻

屏風を横切るように、鴨川が流れる。
むかって左が北。右が南である。

伏見城

京都の南にある伏見城から出発。
伏見は、京都と大坂を結ぶ要衝の地。
橋をわたって、都へと入っていく。

三十三間堂

東山のあたりは、桜が満開。
三十三間堂の濡れ縁には、弓を持つ人の姿が見える。

方広寺大仏殿

豊臣秀吉は京都に大仏を造立した。
ここに描かれた大仏殿は、秀吉造営によるものだろう。切上げ破風に描かれている。

豊国神社

大仏殿の背後には、豊臣秀吉を祀る豊国神社が見える。

清水寺

清水の舞台。親子連れが都を眺めている。

音羽の滝

石段を降りると音羽の滝。水を汲む人、滝に打たれる人。

五条橋

清水寺から五条橋を渡り、洛中へ。

歌舞伎小屋

橋のたもとには歌舞伎の小屋が掛かり、観客で賑わっている。
舞台ではカブキモノに扮した女性が鼓の音にあわせて踊る。

祇園祭

季節は夏。
祇園祭の山鉾が五条通から三条通のあたりを巡行する。

祇園祭

子どもたちが小さな長刀鉾を曳いている。

畜生塚

二段になった土台に祠が乗っているのは、畜生塚と呼ばれる豊臣秀次の墓。
その傍らには、脱ぎ捨てられた着物。男たちが鴨川で水泳を楽しんでいる。

洛中洛外図屏風(左隻)(17th century (Edo period))出典: Sakai City Museum

左隻

左隻は右隻とは逆に、むかって左が南。右が北。
中央にそびえるのは二条城。

二条城

慶長8年(1603)3月、二条城が落成し、徳川家康が入城した。
徳川家の権威の象徴ともいうべき二条城が巨大に描かれる。

行列

正門から一台の牛車とその供の行列が出発している。
将軍となった家康、もしくは二代目の将軍を継いだ秀忠が天皇の御所に参内する光景だろう。

人々のくらし

盛大な行列の一方で、塀の向こうでは、女性が着物を干すのに余念が無い。
細い路地には、侍女に傘を差し掛けられた被衣姿の高貴な女性の後ろ姿が見える。

人々のくらし

前掛けをした女性が、往来の振り売りを呼び止めている。

北野天満宮

二条城の北西に位置する北野天満宮。
経堂の前では風流踊りが繰り広げられる。

洛西

画面左上のほうは、洛西の嵐山と嵯峨野。
桂川が流れ、渡月橋が掛かる。

東寺

画面左端には描かれているのは、現在、京都駅の南にある東寺。
この屏風に描かれている五重塔は、文禄3年(1594)に豊臣家が再建したものと考えられる。

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現在の東寺の五重塔

豊臣家が再建した五重塔は寛永12年(1635)に焼失した。
現存する五重塔はその後、徳川家光によって再建されたものである。
京都のランドマークタワーとしてそびえる。

提供: ストーリー

堺市博物館
https://www.city.sakai.lg.jp/yoyakuanai/bunrui/bunka/hakubutukan/hakubutsukan.html

提供: 全展示アイテム
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