すしのルーツ:若狭で伝承される「へしこのなれずし」

世界でお馴染みの日本食の代表といえば、「握り寿司」を思い浮かべる方も多いと思います。みなさんは「すし」のルーツをご存知ですか?

若狭小浜お魚センター(2019)福井県小浜市

その原型は、古代ずしとも呼ばれる「なれずし」。

日本の発酵食品の歴史は古く、今も醤油・味噌・納豆など身近なところに存在しますが、「なれずし」も同様、冷蔵庫などがなかった古代に、魚と塩と米飯で乳酸発酵させた保存食として生まれました。その歴史は、一千年以上にもさかのぼります。

田烏の棚田から若狭湾を眺める(2019)福井県小浜市

御食国(みつけくに)と呼ばれた奈良時代、若狭で獲れた魚がすしとして平城京まで運ばれていたことが、木簡などから明らかとなっています。寿司のルーツである「なれずし」とは、いったいどんなものなのでしょうか?

小浜市の東部に位置する小さな漁村 田烏(たがらす)地区で、伝統料理である「鯖のなれずし」を伝承している森下左彦さんにお話をききました。

へしこ小屋 森下佐彦さん(2019)福井県小浜市

受け継がれる伝統食「なれずし」と「へしこ」

目の前に広がるのは、昔ながらの町並みと若狭の美しい海。時折、船がゆっくりと行ったり来たりする様子がみえます。「良い景色でしょう?」そう笑顔で話す森下さんは、昔ながらの伝統的なへしことなれずしの作り方をこの土地で守り続けています。

へしこ小屋(2019)福井県小浜市

「田烏(たがらす)地区に伝わるなれずしは、鯖のへしこから漬け込むところに大きな特徴があります。『へしこ』とは、魚の糠漬けのこと。脂ののった鯖を、塩と米ぬか(玄米を白米に精米する際にとれる外皮や胚の粉)に漬け込み、約1年という時間をかけて作ります。

そして、鯖のへしこをさらに米と米麹に漬け込んでできるのが『鯖のへしこのなれずし』です。「昔この辺りでは、各家庭でつくっていたんですよ」 子どもの頃からその味に親しんできたという森下さんに、実際にへしこをつくっている、へしこ小屋をみせてもらいました。

へしこ小屋 漬物石(2019)福井県小浜市

森下さんのへしこ小屋には、木桶や重石、藁で編まれた三つ編みなどのさまざまな道具が整然と並べられています。漁師が魚を樽に漬け、重石をのせて「圧し込む(へしこむ)」ことから「へしこ」と呼ばれているのだそう。

へしこ小屋 木の樽(2019)福井県小浜市

鯖のへしこができるまで

鯖のへしこの仕込みが行われるのは、秋から春先にかけて。冬の脂ののった新鮮な鯖を使って作られます。

へしこ小屋 縄(2019)福井県小浜市

「まず、鯖の背中から包丁を入れ、内臓を取り出し、すぐに氷水に浸けます。青身の魚は鮮度が命。血合いをとり、さらに真水でしっかりと洗います。洗った鯖に塩を入れていきますが、ここは長年の感覚ですね。そして鯖を樽の中に入れ、上段まできた状態で内蓋をします。そこに重石を乗せて、約1週間から10日間かけて塩漬けにします」

木樽の鉢は、手元が広がり底は細くなっているため、全体に満遍なく力が行き渡って隙間ができないように藁でできた三つ編みを使うのだそうです。

へしこ小屋 へしこ漬けの様子(2019)福井県小浜市

森下さんは続けます。「その後『糠推し(ぬかおし)』をします。樽いっぱいの糠床に、塩漬けした鯖と糠を重ね入れて、数ヶ月から約1年ほど漬け込みます。本来、鯖の持っている旨味成分が水分として出てくるので、それも捨てずに一緒に漬け込みます」

へしこを漬けている樽を見せてもらうと、確かにうっすらと茶色の旨味(うまみ)成分が樽の淵まであがっていました。近年へしこは、うまみを引き出す技法の転化としても注目されています。

へしこ小屋 食べ頃のへしこ(2019)福井県小浜市

森下さんの作るへしこは、余計なものは一切入れずに、塩と糠だけを使うもの。夏の暑さが発酵を進め、冬の厳しい寒さが熟成させてくれるのだといいます。

「発酵と熟成を繰り返しながらこの樽で眠らせると、糠床に含まれる乳酸菌が魚のたんぱく質が分解されて、へしこ特有の強いうまみや香りが生まれるんですよ」

へしこ小屋 食べ頃のへしこ(2019)福井県小浜市

熟成されたへしこは、褐色で独特の芳ばしい香りがします。この鯖のへしこだけでも、鯖の旨味をぎゅっと凝縮したご馳走です。家庭ではあつあつのご飯にのせたり、お茶漬けにしたり、七輪でさっと炙ってお酒の肴にするなど、さまざまな食べ方で楽しまれているのだそう。

なれずし(2019)福井県小浜市

へしこのなれずし

完成したへしこを使った「なれずし」の作り方をみていきましょう。
はじめにへしこを氷水に漬けて塩分をある程度抜きます。米一升と麹5合を混ぜあわせたものを、へしこに包み入れ、再び桶に入れて重石を置き再び漬け込むこと約2週間。

なれずし(2019)福井県小浜市

米と麹に漬けた「鯖のなれずし」は、ヨーグルトのようにねっとりしています。見た目から少し勇気がいるかもしれませんが、口に含むと芳醇な酸味とほんのりとした甘みに驚くでしょう。手間がかかっている分、旨味がぎゅっと凝縮されたなれずしは、豊富に含まれる乳酸菌により、整腸作用と美肌効果も期待できるのだといいます。日本の究極の発酵食品ともいえるでしょう。

なれずし(2019)福井県小浜市

森下さんは語ります。「この辺りでは、昔から鯖がたくさん獲れたんです。都へ魚を送るだけでなく、いかに健康的に保存しながら美味しく食べるかという、昔の人々の知恵でしょうね。それが『へしこ』や『なれずし』といった保存食に繋がったのだと思います。時間も手間もかかりますので、先人たちはすごいなぁと思いますよね。ぜひ、みなさんにも食べていただきたいです」

漁港福井県小浜市

かつてこの土地では『海の底から湧いてくる』ともいわれるくらい、大量に鯖が獲れた時期があったといいます。その量は1974年には、小浜市田烏だけで3,580トン!驚くべき数字です。近年、乱獲などの理由により全国的に鯖の漁獲量は減ってしまい、ここ田烏地区でも漁獲量はかつてに比べると激減しました。そんな中、新たな取り組みである鯖の養殖も行われるようになりました。

へしこ小屋 木の樽(2019)福井県小浜市

2006年に「鯖のなれずし」は、イタリアのスローフード協会国際本部から、食の世界遺産と呼ばれる「味の箱舟」にて「地域と人々の生活に結び付きながらも、消えていく恐れのある伝統的料理・食材」の一つとして認定されています。日本の食文化のひとつの極みともいえる発酵食品「鯖のなれずし」には先人たちの知恵と、その素晴らしき食文化を後世に伝えたいと願う人々によって今も守られているのです。

提供: ストーリー

協力:
民宿佐助 森下佐彦氏
御食国若狭おばま食文化館
小浜市

写真:中垣美沙
執筆・編集:林田沙織
制作:Skyrocket 株式会社

提供: 全展示アイテム
ストーリーによっては独立した第三者が作成した場合があり、必ずしも下記のコンテンツ提供機関の見解を表すものではありません。
もっと見る

Food に興味をお持ちですか?

パーソナライズされた Culture Weekly で最新情報を入手しましょう

これで準備完了です。

最初の Culture Weekly が今週届きます。

ホーム
発見
プレイ
現在地周辺
お気に入り