河内晩柑(2020-07)農林水産省
驚くべき柑橘の種類
日本国内で見られる柑橘は200種を超えると言われます。さらに、一つの品種の中にも、産地や栽培法の違う多くの品名があり、その全体像は広大です。そんな日本の柑橘界で、生産量日本一を誇るのが四国にある愛媛県。当地では、今も新たな品種の開発と栽培法の研究が進められています。例えばデコポン、伊予柑、ポンカン、はるみ、甘夏、甘平(かんぺい)、清見、紅まどんな(愛媛果試第28号)、ブラッドオレンジに河内晩柑(かわちばんかん)、フィンガーライム……これらは愛媛県で作られている柑橘のほんの一部。
ブラッドオレンジ(2020-07)農林水産省
新柑橘はいかに生まれるか?
こうした多様な品種はどのように生まれるのでしょう? みかん研究所の所長を務める二宮泰造さんさんはこう語ります。
「新品種の開発には大きく二つの方法があります。1つは枝変わり等(突然変異)等によって発見されるもの。もう1つが、異なる柑橘を人工的に掛け合わせて新品種を作るもの。例えば清見とポンカンの交配でデコポン(不知火)が生まれたのがそれです」
河内晩柑(2020-07)農林水産省
みかん研究所では、毎年約1000の新品種候補の種が植えられます。そのうち美味しい果実を実らせるのはたった10前後。その中で安定的な生産が可能なものだけが、新品種として認められるのです。そのため、新しい品種が生まれるには、少なくとも10年はかかると言われます。愛媛県で生まれた品種には、紅まどんな(愛媛果試第28号)、甘平などがあり、ともに高級柑橘として人気があります。
ブラッドオレンジ(2020-07)農林水産省
柑橘カレンダー(2020-07)農林水産省
柑橘ソムリエが選ぶ多様な柑橘
愛媛では、柑橘に魅せられた生産者たちから、“柑橘ソムリエ”という活動も始まっています。宇和島地域で発足したNPO法人柑橘ソムリエ愛媛の理事長を務める二宮新治さんは、「柑橘はサブカルチャーのようなもの。ちょっとマニアックで、知るほど奥が深くハマります」と語ります。
「一口に柑橘といっても種類はさまざま。ワインやコーヒーと同じように、柑橘の幅広くて深い魅力を楽しむ方法を伝えたいんです」と二宮さん。その奥深さのひとつの要素が、地域ごとの個性的な品種のバリエーションです。
「例えば愛媛が日本一の生産量を誇る河内晩柑は、独特の甘さと酸味が楽しめる柑橘です。他にもはるか、媛小春、黄金柑、瀬戸内特産のはれひめや、愛媛の一部だけで栽培される弓削瓢柑など、あげればキリがありません」。
様々な柑橘ジュース(2020-07)農林水産省
日本中のご当地柑橘
日本全国に目を向ければ、限られた地域でのみ育てられる個性的な“ローカル柑橘”も。
「和歌山や三重、愛媛で穫れるジャバラ、宮崎のヘベス、高知には直七(なおしち)や仏手柑(ぶっしゅかん)と、各地に珍しい種類があるんです。柑橘は日本中で作られていて、地域性があり奥深い世界。僕たちがまだ知らない品種もたくさんあるはずです」
フィンガーライム(2020-07)農林水産省
日本で進化する海外品種
日本国外から持ち込まれ、愛媛で花開いた柑橘もあります。そのひとつがオーストラリア原産の高級フルーツ、フィンガーライム。先住民であるアボリジニたちの間で数千年前から食べられていたと言われ、20年ほど前にフランスの料理人が新食材として見出したことで、注目を集めました。別名“キャビアライム”とも呼ばれるように、その特徴は小粒の果肉。キャビアのように弾ける食感と、24色あるという美しい色合いが魅力です。
フィンガーライム(2020-07)農林水産省
フィンガーライム
愛媛県の八幡浜市で国産フィンガーライムの栽培に挑戦しているのが、梶谷高男さん。「始めた10年前は苗木すら手に入らない状況でした」と語ります。
「いざ育ててみようと思っても、日本での栽培の実績はほぼありません。原産国のオーストラリアでも希少なもので、日本国内で苗木を見つけるだけで2年かかりました。試行錯誤の末、市場に出せるものが作れるようになったのが2年前。取り掛かってから8年、努力と失敗の連続でした」
フィンガーライム(2020-07)農林水産省
フィンガーライムを知っている人は、オーストラリア通かフランス料理通のどちらか、と言われるほど、日本での認知度は低いのが現状です。しかし梶谷さんは「国産のフィンガーライムには可能性がある」と、自信を覗かせます。
「フレンチはもちろん、和食にも合うんです。魚の臭みを消してくれますから、タイやタチウオの刺身に合わせるのがおすすめです。五感で楽しめるのがフィンガーライムの特性で、目に楽しく口の中でぷちぷちと弾けて味が変わる驚きもありますし、食材としての可能性は大きいはずです。かつて日本のテレビで紹介されたときには、1本3000円という高値で紹介されていましたが、私たちは国産でより美味しく新鮮なものを手頃に提供できるよう、日々研究を重ねています」
ブラッドオレンジ(2020-07)農林水産省
ブラッドオレンジ
イタリア・シチリア島原産の「ブラッドオレンジ」も、愛媛でブランド化に成功した柑橘。血のように赤い果肉は、桃のように華やかな香りと、キレのある甘味を持ち、地中海沿岸では一般的なフルーツ。日本ではこれまで、冬の寒さから栽培が難しい品種でした。
ブラッドオレンジ生産者の児玉さん(2020-07)農林水産省
「ところが温暖化によって、宇和島の気候が変わってきたんです。それならシチリア島原産のブラッドオレンジも育てられるのではと、15年ほど前に本格的に栽培を始めました」。そう語るのは、ブラッドオレンジ栽培部会の部会長を務める児玉恵さん。
ブラッドオレンジ(2020-07)農林水産省
「最初は『そんな不気味なみかんを誰が食べるんだ』とも言われました。それでも地道にアピールを続けながら栽培法を研究し、次第に値段もついてくるように。最初は6人だった生産者も、今では300人近く。日本全国のシェア85%を宇和島が担うようになりました」
ブラッドオレンジワイン(2020-07)農林水産省
果実そのままはもちろん、カルパッチョやサラダにするのもおすすめの食べ方。ジュースはカクテル用にも人気で、2019年には世界初となるブラッドオレンジワインの生産にも成功しました。
ブラッドオレンジワイン(2020-07)農林水産省
ブラッドオレンジジュース(2020-07)農林水産省
「しかし、私たちが目指すのはあくまで“美味しいもの”。ただの“もの珍しいもの”で終わってはいけません。果実の品質も進化を続けていますし、料理人の方によって新しい美味しさを引き出すこともできるはず。日本のブラッドオレンジは、今も進化の途中なんです」
築地ボン・マルシェ の薄シェフ(2020-07)農林水産省
原産地を超える日本人の努力
東京にも、愛媛の柑橘に魅せられた料理人が数多くいます。東京のイタリアンレストラン「築地ボン・マルシェ」の薄 公章シェフは、「愛媛のブラッドオレンジは今やイタリアを超えています」と語ります。
「私はイタリアのリストランテで修業を積んだのですが、ここまで安定してクオリティの高いブラッドオレンジは、イタリアでも手に入りません。愛媛のブラッドオレンジは、年々品質が上がっているんです。そしてついに本国よりいいものを作ってしまう。愛媛産の河内晩柑も10年前はもっと酸っぱい印象だったのが、最近はぐっとバランスが良くなりました。日本人の研究熱心さと勤勉さは本当にすごいですよ」
築地ボン・マルシェ の柑橘料理・(2020-07)農林水産省
築地ボンマルシェ の柑橘料理(2020-07)農林水産省
築地ボン・マルシェ の柑橘料理(2020-07)農林水産省
「柑橘ひとつでこれだけの種類がある国は他にないのでは、と思います。日本の柑橘は旨味が強くて料理に取り入れやすいですから、ぜひ食材としての魅力も知っていただけたら。例えば河内晩柑にサーモンを巻いたり、豚肉を焼いてオレンジの果汁を搾ったり。魚のマリネやサラダに合わせてもいいですね。四季の移り変わりがあり、季節ごとに多様な柑橘が楽しめる。これは日本ならではの特権ですから」
協力:
NPO法人柑橘ソムリエ愛媛
JAえひめ南ブラッドオレンジ栽培部会
株式会社 かじ坊
築地ボン・マルシェ
編集・執筆:山若 マサヤ
制作:Skyrocket 株式会社