「森のDNA図鑑」は、YCAMバイオ・リサーチが開催しているワークショップです。参加者が山口市の森で生き物を採集し、生息地での観察とDNA解析の情報から推測した結果を収録しています。森のある地点から、ぐるっと360°パノラマの風景を見渡し、ワークショップ参加者が採集し推測した生き物の生物種などの情報を引き出すことができます。
私達が何気なく見ている自然の風景にも、たくさんの情報が眠っています。「森のDNA図鑑」は、その眠っている情報を自分たちで採集しながら、ひとつの図鑑をつくることを通じて、複眼的な見方を養っていくプロジェクトです。
森に入っていく参加者たち 撮影:山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-06) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
山口はどこにいても森が目に入ります。普段何気なく目にしながらも足を踏み入れることの少なくなった、近くて遠い森に、「DNA」をキーワードにもっと深く入ってみましょう。
植物の採集, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
すべての生き物が、それぞれのDNAを持っています。DNAは生き物の設計情報を記録している物質です。生き物のDNAに書かれている情報の一部を読み取り、既に知られているDNAの情報と照らし合わせることで、ある程度、種名を調べる事ができるようになってきています。この技術は「DNAバーコーディング」と呼ばれており、専門家以外でも種の特定を可能とする技術として取り組みが広がってきています。
バイオインフォマティクスを用いた植物の種類の推定, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
DNAとは
DNAは小さくて目では形を確認できませんが、ひも状の二重らせんの構造をした物質です。4種類の物質の並び方によって情報を記録していて、その情報を解読していくことで、生き物の遺伝的な特徴などを知ることができます。そのため、現在世界中で多くの生き物を対象にDNAを解析する試みが行われています。
DNA解析結果の確認, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
DNAを取り巻く技術の状況
DNAの構成要素であるアデニン・チミン・グアニン・シトシンと名付けられている物質の並び順を読み取り、それぞれA・T・G・Cといった文字の列に変換することを「DNAシーケンシング」と呼びます。
DNAをデジタルの文字列で表現できるようにすることで、コンピュータや情報技術を使って、生き物について考えることができるようになります。このDNAシーケンシングのコストが、この15年間で10万分の1の価格まで下がり、個人でも手が届くようになってきました。
博物館スタッフによる森の案内, 撮影 山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-06) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
さて、山口の森には一体どんな生き物が住んでいるのでしょうか。実際に森に入って、研究者と一緒に観察したり、生き物の形やDNAを調べたりします。
形や模様
森で出会った生き物について、その名前や種類を知りたいと思ったとき、どのような手掛かりがあるでしょうか。 そのひとつの方法として、生き物の特徴的な形や模様を観察(写真・映像撮影、採集・標本制作、顕微鏡による観察など)して、これまでの調査データが蓄積されている図鑑を使って調べていくことが挙げられます。しかし、専門知識や熟練の技術が必要となる場合もあります。
DNA抽出の実験, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
DNA解析
生き物の名前や種類を知る方法として、最近ではDNA解析による調査も行われています。本展示「はじめに」でも紹介したDNAシーケンシングを活用した技術で、「DNAバーコーディング」と呼ばれています。
この技術は、生き物のDNAから、生物種の違いを判別しやすい領域を読み取り、インターネット上に公開されているDNAのデータベースと照らし合わせることで、名前や種類の分からない生き物について生物種の特定をすすめる技術です。
DNA抽出実験 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
今回のプロジェクトでは、実際に森で採集した生き物からDNAを取り出し、植物・地衣類それぞれに標準化されたDNA情報を用いて、データベース上で検索を行い、生物種の推定を試みました。
具体的には、植物では葉緑体のrbcLやmatKなどを利用しました。 また、検索にはバイオインフォマティクスでDNAの類似した部分を並べて照らし合わせることができる「BLAST」と呼ばれるプログラムを利用しました。
ここからワークショップの手順をみてみましょう。
博物館スタッフによる森の案内, 撮影 山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-09) - 作者: YCAM Bio Research山口情報芸術センター[YCAM]
地元の博物館の学芸員の方から森の生態系について学びます。
植物の採集, 撮影 山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-06) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
まず、観察する植物をみつけて、写真を撮ります。
植物サンプルの観察(SDIM0266), 撮影:山岡 大地(2018-10-21) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
植物の特徴を観察します。
サンプルの写真を撮影しています。(_Y7C5287) 撮影:山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
植物サンプルを採集する場所にタグを付けて、360°カメラなどで撮影しておき、図鑑に情報を登録する際に役立てます。
植物サンプルの観察と採取 撮影:山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
植物サンプルの観察, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
植物サンプルを採集して、ラボに持ち帰って観察しましょう。
植物の形状の観察を用いた種類の絞り込み, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
植物サンプルの観察 撮影:大林 直行(101 DESIGN)(2016-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
DNA抽出実験, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
その植物サンプルからDNAを取り出すために、ハサミを使って細かく細断します。
オリジナルのDNA抽出キット(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
専用のキットを使用して、DNAの抽出をします。このキットはサンプルと試薬をどの手順で使用するのかが、スタンドの上にわかりやすく表記されていて、実験のミスが起こりづらいデザインになっています。
PCR機材 (DSC_0025), 撮影:大林 直行(101 DESIGN)(2016-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
抽出したDNAのうち、種の特定のために標準化された領域(DNAバーコード)のみを「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)」と呼ばれる、DNAを増幅する方法をつかって増やします。(約90分)
バイオインフォマティクスを用いた植物の種類の推定, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
準備したDNAを、「DNAシーケンシング」解析サービスに送付し、A・T・G ・Cで略される文字列の情報に変換しました。(約3~4日)
インターネット検索を用いた種類の絞り込み, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
バイオインフォマティクスでDNAの類似した部分を並べて照らし合わせることができる「BLAST」と呼ばれるプログラムを利用して、データベース検索し、生き物の種の特定をすすめました。今回は、米国のNCBI(国立生物工学情報センター)や日本の国立遺伝学研究所が提供しているサービスを利用して検索しました。
ウェブ図鑑の作成, 撮影:田邊 アツシ(2017-10-08) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
植物サンプルの形の観察とDNA解析の結果から、生物種を推測し、図鑑に登録しています。形の観察とDNA解析の結果が同じ種を表すこともあれば、全く異なる種を表すこともあります。
森の環境音も録音され、オンラインの図鑑に使用されています。私たちが山口市の仁保の森を舞台に最初に制作した図鑑では、Marshmallow Laser FeastのAntoine Bertin氏が森のフィールド・レコーディングをおこない、図鑑用の音を編集しました。
アーティストのプレゼンテーション 撮影 山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-09) - 作者: YCAM山口情報芸術センター[YCAM]
Marshmallow Laser Feastは、ロンドンを拠点に活躍するクリエイティブユニットで、森をテーマにした作品もいくつか発表しています。今回のワークショップは、森の生き物たちの視覚体験ができる彼らのVR作品「In The Eyes Of The Animals」に合わせて制作されました。
アート作品の体験風景 撮影 山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-09) - 作者: YCAM Bio Research山口情報芸術センター[YCAM]
参加者はバスで山口の仁保の森を訪れ、作品とワークショップの両方を体験しました。
採集地の森の入り口に到着した参加者達 撮影:山中 慎太郎(Qsyum!)(2016-10-09) - 作者: YCAM Bio Research山口情報芸術センター[YCAM]
「森のDNA図鑑」は、こうして出来上がりました。この図鑑の特徴のひとつは、参加者が採集した植物や菌類の情報に加えて、その森の環境、野生動物や昆虫などの生態、土地の言い伝えなどの情報も掲載している点です。
森のDNA図鑑のウェブサイトのスクリーンショット(2016-11-19) - 作者: YCAMバイオ・リサーチ山口情報芸術センター[YCAM]
また、この図鑑では、360°のある風景の中に生息している多様な生き物の情報を統合していこうとしており、「分類」による生き物や生態系の理解に加えて、生き物がどのような環境で暮らしているか、様々な生物種がどのような共生・敵対関係にあるのかといった「関係性」による理解についても促していこうとしています。
ぜひ「森のDNA図鑑」をご覧になってみてください!
https://special.ycam.jp/dna-of-forests/
YCAMバイオ・リサーチ