時代で変化するスペインの食文化

スペインの地理的位置、各地域に根ざしたさまざまな文化とそこで起こった社会的変化は、スペイン料理の個性の形成とその発展に大きな影響を与えています。歴史という視点から、スペイン料理を見てみましょう。

Spain - general maps - 1623出典: Biblioteca Nacional de España

混じり合った文化

広い貿易ルートを持つスペインはアフリカ、また特にアジアからの食糧の玄関口になっており、スペインの地理的位置はアメリカ大陸との重要な接点となっています。

Paisaje mediterraneoスペイン王立ガストロノミー学会

理想的な気候

地中海周辺の穏やかな気温と季節の変化によって、農作物や畜産物の生産に適した条件が揃っています。

Fishing boats in Galiciaスペイン王立ガストロノミー学会

豊かな海

スペインは 3 つの海に囲まれており、さまざまなプランクトンが生息する環境、穏やかな水域(特に河口の内部)の環境、そして荒波が岸壁に打ち付ける環境と、それぞれ異なる特徴があります。そのため、海から陸揚げされる良質の魚や魚介類に恵まれています。

Tiles from the Alhambra(1350/1399)British Museum

多様な民族の影響

ギリシア人、フェニキア人、ローマ人、アラブ人など、異なる文化を持つ民族がスペインを訪れてこの国の食文化に痕跡を残しました。

Phoenician Route MapNational Museum of Archaeology, Malta

北アフリカ沿岸および南ヨーロッパに住んでいたフェニキア人は、その貿易ルートを通じて多くの製品をスペインに持ち込みました。

Oil Jar with a Woman Carrying a Basket of Offerings(470 - 460 B.C.)The J. Paul Getty Museum

その後、ギリシア人がイスパニアの地中海沿岸に定住し、スペイン人に新しい農作物や最新の生産方法、そしてその保存方法を伝えました。

Olive oilスペイン王立ガストロノミー学会

ローマ帝国の遺産

イベリア半島全体に定着したローマ人は、穀物の貯蔵には納屋が向いていることを発見しました。

ローマ人はまた、オリーブの搾油機を発明しました。これにより、ローマ皇帝の首都には主にバエティカ州で取れた良質なオリーブ オイルが輸出されるようになりました。

A Roman Feast(late 19th century) - 作者: Roberto BompianiThe J. Paul Getty Museum

エブロ川の河口には牡蠣が多く繁殖しており、ピレネー山脈の雪を詰めた箱に入れてローマまで運ばれました。また、エブロ川ではさまざまな魚が水揚げされ、当時の主要な水産加工品である「ガルム」、つまりローマ時代に人気を博した魚醤などが製造されました(以前はギリシア人によって製造されていました)。

Mapa Hispaniaスペイン王立ガストロノミー学会

風味のよいこのソースは、マグロ、サバ、イワシ、およびアンチョビなどの魚の腸や切り身を使用しており、ガデス(現カディス)、アブデラ(現アドラ)、セシ(現アルムニェーカル)、カルタゴノヴァ(現カルタヘナ)などで生産されました。

「ガルム」は純粋なものが「リカメン」として、またワイン、酢、または油と混ぜてそれぞれ「オエノガルム」、「オキシガルム」、「オレオガルム」として販売されていました。

Azafranスペイン王立ガストロノミー学会

アル アンダルス: アラブ文化の興隆

アラブ人は優れた農法を発明し、農作物や灌漑を導入したため、スペインは柑橘類の一大生産地となりました。

料理においては、アラブ人はのちのお菓子の元となる食べ物や、食事に関する洗練された習慣を生み出し、タジン鍋料理(スペイン風「コシード」シチューの原型)や「エスカベーチェ(マリネ)」、ミートボールといったレシピを伝えました。また、スペイン料理で今日まで使用されているスパイスを数多く紹介しました。

作成者: Dmitri KesselLIFE Photo Collection

アメリカ大陸からスペインの店の棚へ

アラブ人やユダヤ人がスペインを離れると同時に、アメリカ大陸が発見されました。スペインの征服者たちは新大陸で発見した新たな農産物を最初は拒んでいましたが、飢餓に苦しんで結局受け入れるようになりました。特にメキシコやペルーでは、スペインから持ち込まれた農産物とともにそうした現地の農産物が総督によって積極的に料理に取り入れられ、新たな食文化が生まれたのです。

Custard applesスペイン王立ガストロノミー学会

スペイン人によるアメリカ大陸の植民地化は、世界中の人々の食料を変えました。小麦、トウモロコシ、豆、ヒヨコ豆、ジャガイモ、オリーブオイル、アボカド、パパイヤ、リンゴ、グアバ、ブドウ、チェリモヤ、プラム、ピーナッツ、アーモンド、トマト、レタス、ピーマン、コーヒー、バナナ、チョコレートなどが今日、大西洋の反対側でも収穫できるようになりました。

Cherry tomatoesスペイン王立ガストロノミー学会

ヨーロッパではこうした新しい食料が受け入れられるまでに時間がかかり、また農業や調理の面でも試行錯誤が繰り返されました。

しかし飢餓は人々の先入観を変え、ジャガイモ、トマト、コショウ、トウモロコシなどの食品は、スペインをはじめ世界中の人々の食生活の一部となりました。

Potatoesスペイン王立ガストロノミー学会

スペインはジャガイモを国民の食生活に取り入れた先駆者でした。ヨーロッパで最初にジャガイモを食べたのは、セビリアのサングレ病院の患者です。そしてその後、フランダース軍に従事する兵士にも提供されました。

ジャガイモは次第に一般的なレシピにも取り入れられるようになり、ついにはスペインの食料庫に欠かせないものになりました。

Grains of wheatスペイン王立ガストロノミー学会

世界を変えた穀物

地中海原産の小麦やアジア由来の米(現在はスペインの気候での栽培に適応)、そしてアメリカ大陸から持ち込まれたトウモロコシは、世界中の食糧の基盤となり、また一部の国では経済の基盤となっています。これらの 3 つの穀物は、異なる地域からもたらされた食料が世界各地に浸透したことがよくわかる例です。

An Old Woman Cooking Eggs(1618) - 作者: Diego VelazquezNational Galleries Scotland: National

豊かでも貧しくても食べられる料理

アメリカ大陸の征服後、ヨーロッパでは食糧不足が発生しましたが、農村部の食卓と、修道院や貴族、王室で供される食事には大きな隔たりがありました。

Banquet Given by the King to the New Knights(1633) - 作者: Abraham BosseNational Gallery of Art, Washington DC

こうした台所で生まれた名物料理は、ある社会階級から別の階級へと徐々に伝わっていきました。豚足、ガスパチョ(冷製スープ)、「ミガス(残ったパンで作る料理)」などの最貧層の台所で生まれた料理は、裕福な人々にも広がりました。

同様に、人々の購買力が増加した結果、最高級の肉や最高の魚の消費がより広範囲に及ぶようになりました。

Still Life with Game Fowl(1600/03) - 作者: Juan Sánchez Cotán (Spanish, 1560–1627)The Art Institute of Chicago

王室の食材庫

中世までは、王室内の食生活に登場するのは限られた食材でした。

君主が食べていたのは主に肉、それもあらゆる種類の動物です。つまり、肥満や過剰な尿酸に起因する痛風、および他の代謝性疾患が一般的であったと思われます。

The Archdukes Albert and Isabella Visiting a Collector's Cabinet(circa 1621-1623) - 作者: Hieronymus Francken IIThe Walters Art Museum

この習慣が普通の人々に届くまでには長い時間がかかったものの、ハプスブルグ家がもたらした富と不摂生は拡大しました。

Philip V King Of SpainLIFE Photo Collection

ルイ 14 世(太陽王)の孫であるスペインのフェリペ 5 世は、フランスの宮廷文化を伴ってスペインにやってきたため、その慣習が人々に受け入れられてスペイン社会の「フランス語化」につながりました。

また、スペインのエリザベッタ ファルネーゼやカルロス 3 世といった王やその配偶者たちからはイタリアの影響を受け、オランダやアイルランドの大臣からも各国の影響を受けました。しかしフランス文化の影響による習慣は 19 世紀後半から 20 世紀初頭まで続いたのです。

Gazette of Madrid出典: Biblioteca Nacional de España

スペインの公式官報の旧版である『マドリード官報』にもフランス語で王室メニューが記されていることからも、フランス文化の影響を見てとることができます。

Spain-August 1938(1938) - 作者: Margaret Bourke-WhiteLIFE Photo Collection

市民の飢饉との戦い

19 世紀後半から 20 世紀半ばまで、スペインは大きな政治的、経済的混乱の時期を迎えます。

アメリカやフィリピンで最後の植民地を失った結果として貧困が拡大し、軍隊への食料供給不足が生じたことは、スペイン本国の敗因の 1 つとなりました。

Spain, Distribution of food in the street, 17/04/1941.Yad Vashem

飢饉が広がり、政治情勢が混乱して、君主制から共和国への移行、独裁から民主主義への移行が立て続けに発生しました。

ほんの数年間の安定状態がもたらした恩恵は、社会階級の最上層のみが体感できるものでした。

Horcher Restaurantスペイン王立ガストロノミー学会

フランスとドイツの影響を受けたレストラン

20 世紀初頭、特にカタルーニャ地方で産業化が始まると、バルセロナのシェ マルタンやメゾン ドレー、マドリードのラルディなど、ほとんどすべてがフランス風のものでしたが、近代的なレストランが現れるようになりました。その中にはガンブリヌスやホーチャーといったドイツ風のレストランもあり、当時のスペインにおける高級料理の基準となったのです。

作成者: Dmitri KesselLIFE Photo Collection

続く戦後の飢えと苦しみ

スペイン南北戦争に至るまでの数年間は、非常に困難な時期でした。1936 年から 1939 年にかけての内紛によりさらに状況が悪化し、一部の地域では深刻な食料不足によりジャガイモの皮や家畜の飼料などといった食料以外のものを食べる必要に迫られました。

Navel orangesスペイン王立ガストロノミー学会

国内全域で食料不足が起こりましたが、場所によって差異がありました。

アンダルシアには十分な油脂がありましたが、他はほぼ不足していました。バレンシアではオレンジが豊富にありましたが、他の地域にはほとんどありませんでした。ラ マンチャやアラゴンには小麦だけはあり、旬の時期に限りイチジクとブドウを食べることができました。

唯一不足することがなかったのは、ワインだけです。

作成者: Dmitri KesselLIFE Photo Collection

戦争が終わった 1 か月後に、スペイン全土で配給が導入されました。特定の食料を得るための引換券など、配給書が作成されました。

食料不足は人々の想像力を高めました。古くなったパンや脂肪から「ミガス」を作り、古いパン、油、酢、水、塩だけで「ガスパチョ」の原型を作り出して、飢えをしのいだのです。

Still Life of Spanish Food and Wineスペイン王立ガストロノミー学会

ようやく戻った繁栄

1970 年代に食糧不足が解消されると、各種の食料がどこでも手に入るようになりました。

スペイン産の生産物は豊富になり、輸出も増加しました。

Tractors in Cataloniaスペイン王立ガストロノミー学会

畜産業は大きな転換期を迎えました。鶏肉、豚肉、牛肉、卵など、それまで長いこと贅沢品だったものが、どの家庭でも夕食のテーブルに並ぶようになりました。

農作物の生産は、スペインの多くの地域、特にウエルバ地方のアルメリアおよび東海岸沿岸で発達しました。

オリーブ オイルもかつては脂肪に取って代わられましたが、その勢いを取り戻しました。

Anchoives and Peppers Sandwichスペイン王立ガストロノミー学会

ランチボックスとのお別れ

最初のコーヒー ショップが開店し、サンドイッチや、クリームを乗せたパンケーキが提供されるようになりました。

レモネードやタイガーナッツ ミルク、大麦水といった伝統的な飲み物の代わりに、ボトル入りのソフト ドリンクが好まれるようになりました。

セットになったメインコースやローストチキンを専門とする店がオープンすると、ランチボックスも使用されなくなりました。

こうして、スペインは近代化されていったのです。

Spanish Canned Foodスペイン王立ガストロノミー学会

消費する時代の到来

スペインの食品法は、新しい時代とよりよい健康を象徴するものとなりました。

町中にあった畜産農場は消え、屠殺場や乳製品、植物製品生産のための工業施設、そして大型の鶏舎や鶏卵飼育場、豚やウサギの飼育農場が建設されました。

商品のラベリングが広く関心を集め、消費者団体も出現し始めました。

Iberian ham with artichokeスペイン王立ガストロノミー学会

歴史的遺産の再考

現代のスペイン料理は、幅広い食材が入手できるようになったことや、異なる文化の影響、そしてもちろんスペイン人の料理人による創造性を反映したものになっています。

それらはスペイン料理のルーツを忘れることなく、未来を見据えています。

提供: ストーリー

テキスト: マリア ガルシア氏。イスマエル ディアス ユベロ氏(国際連合食糧農業機関(FAO)のスペイン代表常任委員、在ローマ スペイン大使館では農林水産や食の担当顧問)の協力のもと執筆を担当。スペイン王立ガストロノミー学会会員。

画像: スペインの食とワイン / スペイン貿易投資庁 / スペイン国立図書館 / レストラン「ホーチャー」 / ダヴィド デ ルイス氏

謝辞: ラファエル アンソン氏(スペイン王立ガストロノミー学会代表)、エレーナ ロドリゲス氏(スペイン王立ガストロノミー学会ディレクター)、マリア ガルシア氏およびキャロリーヌ ヴェルイーユ氏(いずれもスペイン王立ガストロノミー学会貢献者)

スペイン王立ガストロノミー学会

この展示は、スペインの食文化について取り上げた Google Arts & Culture とスペイン王立ガストロノミー学会による共同プロジェクトの一部です。

提供: 全展示アイテム
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