病草紙
かつて1巻の絵巻物として伝わりましたが、分断され、そのうち9段分が京都国立博物館に所蔵されています。餓鬼草紙、地獄草紙と同様に平安時代末期の制作とみなされ、ともに「六道絵」を構成していたと考えられています。画面は、苦悶する病人という主題の奇怪さだけでなく、それを見て困惑したり嘲ったりする周囲の人物が描かれており、風刺的な冷やかさも帯びます。この点で、単なる標本集のような単調さに陥らず、人間の生々しい存在感を露わに描き出すことができているのです。それでは、詳しく1図ずつ見ていきましょう。(なお、2015年度末に4年間にわたる修理が完了したところで、掲載画像はすべて修理後のものです。
病草紙 風病の男(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
風病の男
詞書に風病とあり、瞳や体がぶるぶると震える症状らしい。今で言う中風であろうか。
絵は、盤上に指をさす男が、震えて定まらない姿を描く。その様子を見て、女たちはくすくすと笑っている。
病草紙 小舌の男(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
小舌の男
左の男は、舌の根に、もうひとつ小さい舌が重なって生えている。
症状が進行すれば、食べ物が喉を通らなくなってしまい、死の危険もあるという。
病草紙 ふたなり(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
ふたなり
ちかごろ京に出没する、鼓(つづみ)を首にかけた男は、女性のようなふるまいをすることがあるという。
これを不審に思った人が、寝ているすきに衣をまくってみると、なんと男女の性器を兼ね備えていた。
病草紙 眼病治療(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
眼病治療
大和の国に、目がすこし見えないことを嘆く男がいた。
そこに、目の病を治すという医者が現れ、男は神仏のご加護かと思い、治療を依頼した。
医者は屋敷に上がり、男の目を診断した。そして、目に針を立て、「今によくなるでしょう」と言って出て行った。
その後、男の目は見えなくなってしまった。片目がつぶれてしまったのである。
病草紙 歯槽膿漏の男(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
歯槽膿漏
男が奥歯に指を入れている。
彼は歯がゆらいで、少しでも固いものは噛むことができない。
病草紙 痔瘻の男(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
痔瘻の男
描かれた男は、生まれつき尻の穴が複数あるという。
大便をするときは、穴ごとに出るという、なんともやっかいな体である。
病草紙 毛虱(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
毛虱
男が自身の陰毛を必死で剃っている。
一夜のうちに、虱(しらみ)が感染したらしい。
じつは、後ろの女と関係をもったためである。
感染源の女はどのような感情か、明るい笑顔を見せている。
病草紙 霍乱の女(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
霍乱の女
腹を下し、口からも尻からも水や下痢がとまらない。
まことにつらい病である。
老婆は介抱し、犬は水便を餌かと思ってやってくる。
病草紙 口臭の女(12th Century) - 作者: 不明京都国立博物館
口臭の女
京にたいへん美しい女がいた。
求愛をする男もいた。
しかし、息があまりにも臭かった。
男も近付けば鼻をつまんで逃げてしまう。
絵では、楊枝(ようじ)で歯を磨く女を指差し笑う人が描かれているが、詞書には、近くの人は臭さに耐えられないとまで書かれている。