人のおもいの在りかとお地蔵さまを訪ねて

上野の森の北にある、寛永寺36坊の一つ、浄名院。境内には2万8千体ものお地蔵さまが立ち並ぶ。なぜお地蔵さまがこれほどたくさん集まるお寺となったのか。お地蔵さまに込められたおもいを探った。

八万四千体地蔵上野文化の杜

六つのどの世界に迷い込んでも、救ってくれるのがお地蔵さま

仏教には六道輪廻という考えがある。この世に生きるすべてのものは、六つの世界を生と死を繰り返しながらさまようというものだ。そんな六つのどの世界に迷い込んでも救ってくれる存在がお地蔵さまだという。
 浄名院が地蔵信仰の寺として有名になったのは、1879(明治12)年に第三十八世妙運和尚が八万四千体の石地蔵建立を発願してからのことだ。仏恩への感謝の気持ちと民衆を救いたいという願いが込められた大誓願に人々が賛同し、次々とお地蔵さまを建立。そのおもいは全国各地にまで広まった。妙運和尚の願いは受け継がれ、2021年現在、境内と各地のお地蔵さまはおよそ5万体にも上る。

へちま地蔵上野文化の杜

人々を咳や喘息から守る、へちま地蔵

へちまを手にした珍しいお地蔵さまは、咳や喘息平癒のご利益があるといわれている。毎年旧暦8月15日には、へちまの中に悪いものを封じ込める「へちま加持祈祷会」と呼ばれる病封じのご祈祷が行われ、多くの人で賑わう。かつては喘息が重い病だっただけに、参拝者の行列は鶯谷駅まで延びるほど長くなったこともあったそうだ。

江戸六地蔵上野文化の杜

旅の安全を。江戸六地蔵、6カ所巡ればご加護あり

京都の六地蔵にならい、江戸に通じる6カ所の街道口に建てられた江戸六地蔵。旅の安全を祈り、悪いものから江戸を守る存在として大切にされていたが、明治に入ってからの廃仏毀釈によって、江戸六地蔵の第六番であった深川・永代寺の地蔵菩薩像が取り壊されてしまった。そこで、1906(明治39)年に日露戦争の戦没者を弔うために建立された、このお地蔵さまが新たに江戸六地蔵の第六番を受け継いだという。

徳川家など歴史上の人物たちの地蔵上野文化の杜

身分・宗教の分け隔てなく、すべての人を救う

八万四千体地蔵の中には、市井の人々だけでなく、徳川家や北白川宮親王、安田家や三井家といった財閥、政治家の陸奥宗光や犬養毅など、歴史上の名だたる人物たちゆかりのお地蔵さまの姿もある。いずれも妙運和尚のおもいに賛同して奉納されたお地蔵さまだ。中には、キリスト教徒を供養するお地蔵さまもいるという。身分、さらには宗教の分け隔てなくすべての人を救うという、お地蔵さまの寛容な慈悲深さを垣間見ることができる。

うかがい地蔵上野文化の杜

うかがい地蔵がいらっしゃる!

かつては「檀家に伺う」という意味からその名がついたのが「うかがい地蔵」。数体のお地蔵さまが檀家の間を代わる代わる巡っていたといわれている。自分の願いが叶うか、おうかがいをたてながらお地蔵さまを持ち上げ、軽く感じれば願いは叶い、重く感じれば成就は難しいとされている。

万人に開かれた浄名院上野文化の杜

人間に近いお姿で寄り添う。開かれた祈りの場

「お地蔵さまは崇め祀るのではなく、人々の近くに寄り添い、救いの手を差し伸べてくれる存在。だからこそ、人間に近いお姿をしています。そんなお地蔵さまと同じように、人々に寄り添うお寺でありたい」と語る佐藤良和住職。貴重な文化遺産が眠る境内をできる限り多くの人に公開したいと、Googleストリートビューでも閲覧できるようにした。また、閉門後も地蔵尊のお守りを授かれる、お守りの自動販売機を門外に設置。さまざまな方法で万人に開かれたお寺を目指している。

浄名院本堂上野文化の杜

本堂で出会える、お地蔵さま以外の神さま仏さま

地蔵信仰で有名な浄名院だが、本堂正面中央には、阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩の姿を拝むことができる。さらに右手には毘沙門天、弁財天、大黒天の三福殿も鎮座する。お参りすると財物的に恵まれるという三福殿は、妙運和尚が八万四千体地蔵の建立を発願した際にもお祈りをしたといわれている。

住職の佐藤良和さん上野文化の杜

お地蔵さまに導かれるようにしてたどり着いた上野の森

佐藤良和住職が浄名院にやってきたのは2009年。「地元である京都を離れたくはなかったが、ちょうど本格的に僧侶として歩み始めたころにお声がかかった。お地蔵さまのご縁に呼ばれたんでしょうね」。それから数年後の2011年に東日本大震災が起こるが、崩れやすそうな外塀のブロックを取り払ったばかりだった。「上野の山は東の比叡山。江戸の鬼門を守る場所でもあります。計算しつくされて設計された場所であり、お地蔵さまのご加護もあったからでしょうか。お陰さまで参拝の方々にけが人を出すこともなく無事でした」

浄名院の秘仏上野文化の杜

100年ぶりに発見された行方知れずの秘仏

安田財閥(現・芙蓉グループ)の祖、安田善次郎氏が所有していたお地蔵さまは、貴重な秘仏として非公開のまま浄名院に代々伝わっていたが、その正体は長らく不明だった。2018年の信徒会館の開館にあわせて公開したところ、東京国立博物館の職員がひと目見て奈良で行方知れずとなっていた平安時代の仏像に似ていると気づき、約100年ぶりに所在が判明。小さなご縁が発見につながった。

佐藤良和住職とお地蔵さま上野文化の杜

もし、お地蔵さまを見かけたら

ちょっとしたご縁をつなぎたいというのがお地蔵さまのご本願。お地蔵さまを見かけたら、軽く会釈をするだけでもいいと、佐藤住職は言う。「仏教には八万四千の法門(入口)があり、どの入り口から入ってきた人でも救うという考えがあります。そこから、八万四千体地蔵の八万四千という数字には『あらゆる』という意味が込められている。お地蔵さまとつなぐのはどんなご縁でもいいんです」。八万四千体建立の満願成就の日を心待ちに、これからもお地蔵さまと人々とのご縁を大切に紡いでいく。

提供: ストーリー

提供/上野文化の杜新構想実行委員会

協力/浄名院

撮影/大河内 禎 文/岩本恵美 構成/佃さやか

提供: 全展示アイテム
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