円山応挙は現在の京都府亀岡市の農家に生まれました。10代で京へ出てびいどろ屋に奉公し、狩野派の流れをくむ画家に学びます。本作は滋賀県大津市にある円満院に伝わった作品。円満院の門主・祐常 (1723-1773)と応挙は本図を描く2年前から交流を始めています。祐常に絵を教え、彼の要望に応えるため「写生」を重視した絵を描くことで応挙は人気を博しました。風によって波しぶきをあげる水面に、今まさに着水しようとする雁と、それに続く2羽を描いています。羽を大きく広げた躍動感あふれる雁は、応挙が得意とした「写生」の成果のひとつです。応挙35歳のときの作品。