谷文晁(1763-1840)は、江戸で生まれた南画家で、はじめ狩野派の絵師に学び、十八歳の頃に渡辺玄対に絵を学んだ。その後、ひとつの流派にとらわれることなく、大和絵、琳派、円山派など日本の絵画から、中国、朝鮮の絵画はもちろん、西洋画まで幅広く学び、独自の画風を確立した。これは中国の詩を題材にして描いた作品。右幅は、陶淵明の『桃花源記 』に詠まれた情景で、画面下に見える肩に櫂かいを担いでいるのが桃源郷に迷い込んだ漁師。さらに下に漁師が乗ってきた舟が見える。桃が咲く山の向こうには水を張った田んぼが広がり、民家が見える。左幅は、宋時代の詩人蘇軾が、長江にある断崖を詠んだ『赤壁譜』を元に、初秋の明月の夜、客人と遊んだ情景を描いている。画面左に断崖を大きく、蘇軾たちが乗る船と満月を小さく描き、画面中央を白い雲でぼかすことで雄大な空間を表現することに成功している。